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貞祥寺(佐久市)

(ていしょうじ)

貞祥寺は、長野県佐久市前山にある曹洞宗の由緒ある禅寺であり、山号を「洞源山」と称します。創建は室町時代の1521年、前山城主であった伴野貞祥(ばんの ていしょう)によって行われました。これは、父・光利の七回忌および祖父・光信の三十三回忌の追善供養のために、叔父にあたる僧・節香徳忠(せっこうとくちゅう)を招いて開山したもので、当時、永百貫文の寺領が寄進されたと記録にあります。

この寺院は、曹洞宗の教義を基盤とした典型的な禅宗寺院であり、「信州百寺」の一つにも数えられる名刹です。境内には、時代の風格を伝える重厚な建築群が立ち並び、訪れる人々に静謐な時間をもたらします。

歴史と文化財

貞祥寺は創建以来、幾度もの変遷を経ながらも、禅の精神を受け継ぎながら地域の信仰を支え続けてきました。江戸時代には、徳川家三代将軍徳川家光より朱印十五石を安堵され、幕府の庇護を受ける寺院となりました。

境内には、歴史的にも文化的にも価値の高い建造物や碑が点在しています。特に、三重塔惣門山門は、室町時代の和様と禅宗様式の折衷様式を示す代表的な建築であり、長野県指定有形文化財(長野県宝)に指定されています。

また、作家島崎藤村がかつて過ごした旧居、俳人臼田亜浪の歌碑、戦没者を慰霊する回天之碑などもあり、文学・歴史に親しむ場としても注目されています。

慰霊碑と教育の記憶

三重塔の南方に位置する境内の高台には、長野県野沢北高等学校の同窓生戦没者を慰霊する碑が建立されており、戦争の記憶と平和への願いを今に伝えています。

貞祥寺にまつわる説話

メッコ和尚の伝説

貞祥寺の開山和尚には不思議な出生の逸話があります。和尚は、妊娠中に死亡した母の墓の中で産声を上げ、発見された際に鍬が目に当たり、片目を失明してしまったとされます。そのため、村人たちは彼を「メッコ和尚」と呼び親しみました。

鬼石の由来

また、寺で経を唱えていた際に、鬼が手を出したという伝説もあります。和尚は持っていた数珠でその鬼の腕を打ち落とし、鬼が反省したことで腕を返してやると、鬼は喜び、大きな石を持ち上げて感謝を表したとされます。その石は「鬼石」と呼ばれ、今でもその伝承が語り継がれています。

尾垂山との混同

貞祥寺の山号が「尾垂山」であるという説がありますが、これは誤解によるもので、かつて近隣に存在していた別の寺院「尾垂山 龍覚寺」と混同されたと考えられています。龍覚寺はすでに廃寺となっています。

アクセス情報

最寄り駅と所要時間

貞祥寺へは、以下の交通手段でアクセス可能です。

公共交通機関を利用して訪れる場合は、小海線を利用するのが便利です。タクシーや自家用車での訪問も可能であり、周辺には自然豊かな景観が広がっているため、観光としての価値も非常に高い場所です。

おわりに

貞祥寺は、静かな山間に佇む禅の名刹として、今なお多くの人々の心の拠り所となっています。三重塔や山門にみられる歴史的建造物の趣、数々の伝説が語る霊験、そして地域の文化と歴史が息づく空間は、訪れる人に深い感動を与えることでしょう。

歴史に思いを馳せながら、禅のこころに触れる旅へ。貞祥寺で、心静かなひとときをお過ごしになってみてはいかがでしょうか。

Information

名称
貞祥寺(佐久市)
(ていしょうじ)

上田・小諸・佐久

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