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小諸宿本陣主屋

(こもろじゅく ほんじん おもや)

北国街道の歴史を今に伝える格式ある建築群

小諸宿本陣主屋および旧小諸本陣は、江戸時代に北国街道を行き交った大名や公家、上級武士たちの往来を支えた、小諸宿を代表する歴史的建築です。現在も小諸の町なかに点在し、それぞれが異なる形で保存・活用されながら、往時の宿場町の面影を現代に伝えています。

北国街道と小諸宿の役割

北国街道は、中山道の追分宿から分かれ、日本海側の越後・加賀方面へと至る重要な街道でした。その途中に位置する小諸宿は、交通・軍事・経済の要衝として発展し、加賀百万石前田家をはじめとする多くの大名行列が休泊する宿場として栄えました。

その中心的施設が本陣であり、身分の高い人物のみが宿泊できる特別な建物でした。本陣の存在は、宿場町の格式と重要性を示す象徴でもありました。

小諸宿本陣主屋の概要

小諸宿本陣主屋は、江戸時代中期から明治維新にかけて北国街道小諸宿の本陣として機能していた建物の主屋部分にあたります。もともとは街道沿いに建てられていましたが、時代の流れの中で移築を重ね、現在は小諸駅近くの大手門公園内に復元されています。

外観と玄関の特徴

建物正面の玄関は、格式の高さを象徴する式台付き玄関となっており、駕籠を横付けしたまま乗り降りができる構造です。むくり屋根の柔らかな曲線と、細部にまで施された彫刻は、当時の高度な建築技術と美意識を今に伝えています。

上段の間 ― 大名の居室

建物奥には、貴人が宿泊した上段の間が設けられています。床の間、違い棚、付け書院、欄間彫刻などが備えられ、身分の高い人物を迎えるにふさわしい、極めて格式の高い座敷空間となっています。

移築の歴史と現在までの歩み

本陣主屋は、1878年(明治11年)に佐久市の桃源院へ移築され、本堂や庫裡として長年使用されてきました。その後、1995年(平成7年)に小諸市へ寄贈され、現在地に移築復元。1997年(平成9年)7月からは歴史資料館として一般公開されました。

2005年以降は一時休館となりましたが、2013年から2023年3月までは、NPO法人こもろの杜によって歴史資料館として運営され、多くの来館者に親しまれてきました。

新たな活用 ― 現代に息づく本陣主屋

2023年(令和5年)11月23日、本陣主屋は新たな役割を担い、イタリアンレストラン「KOMORO HONJIN OMOYA」として生まれ変わりました。歴史的建築の空間を生かしながら、食文化を通じて人々が集う場所となり、建物は再び新たな歴史を刻み始めています。

旧小諸本陣 ― 国の重要文化財

旧小諸本陣(きゅうこもろほんじん)は、北国街道に面して現存する本陣兼問屋場建築で、内部は非公開ながら、その外観は現在も当時の姿をよくとどめています。現存する問屋場建築は全国でもわずか2棟しかなく、その希少性から1973年(昭和48年)に国の重要文化財に指定されました。

建築的特徴

主屋は街道に面した切妻屋根を持ち、腕木で張り出した二階全面に格子窓が設けられています。表門は薬医門形式で、本陣屋敷の威厳を感じさせる堂々とした構えです。建築年代は18世紀末から19世紀初頭と推定されています。

保存と修復への取り組み

明治時代中頃に田村家へ移り、1993年に小諸市へ寄贈されました。その後、老朽化が進み、建物の傾斜や瓦の落下が懸念されたため、2016年には国の支援を受けて応急補修工事が行われ、解体復元に向けた準備が進められています。

脇本陣と周辺の歴史的建築

本陣の近くには、上級家臣などが宿泊した脇本陣も現存しています。江戸後期に建てられた平入り大屋根構造の建物で、現在は登録有形文化財として保存され、「脇本陣の宿・粂屋」や喫茶施設として活用されています。

所在地とアクセス

小諸宿本陣主屋
〒384-0031 長野県小諸市大手1-6-14

JR小海線・しなの鉄道小諸駅から徒歩約3分と、観光の拠点としても訪れやすい立地です。周辺には旧小諸本陣、小諸宿問屋場、懐古園、小諸市立郷土博物館など、歴史散策に適した見どころが点在しています。

まとめ

小諸宿本陣主屋と旧小諸本陣は、北国街道と宿場町小諸の歴史を体感できる貴重な文化遺産です。保存・復元・活用を通じて、江戸時代から現代へと続く時間の流れを感じながら、建物そのものが語る物語に触れることができます。観光と歴史、そして食文化が融合した小諸ならではの魅力を、ぜひ現地で味わってみてください。

Information

名称
小諸宿本陣主屋
(こもろじゅく ほんじん おもや)

上田・小諸・佐久

長野県