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布引観音(釈尊寺)

(ぬのびき かんのん しゃくそんじ)

歴史と自然が織りなす信州の霊場

小諸市の霊験あらたかな古刹

布引観音は、正式には「布引山 釈尊寺」と称され、長野県小諸市に所在する天台宗の由緒ある寺院です。本尊には聖観世音菩薩を祀り、信濃三十三観音霊場の第29番札所として広く信仰を集めています。「牛に引かれて善光寺参り」という有名な民話の発祥地としても知られ、全国から多くの参拝者が訪れています。

豊かな自然とともに歩む寺院

布引観音が位置するのは、千曲川の支流にあたる美しい布引渓谷沿いの地。豊かな自然に囲まれた境内は、四季折々に異なる趣を見せ、特に新緑や紅葉の季節には訪れる人々の目を楽しませてくれます。

布引観音の歴史

起源と創建伝承

寺伝によれば、奈良時代の神亀元年(724年)に高僧・行基によって開山されたとされ、聖徳太子作と伝わる聖観音像が本尊として祀られています。古くから地域の信仰を集め、修行と祈りの場として栄えてきました。

戦火と再建の歴史

戦国時代の天文17年(1548年)、武田信玄が東信地方に進攻した際、釈尊寺は一度焼失してしまいます。その後、寺の周辺にあった布引城郭群が改修され、寺は防衛的な意味合いも持ちつつ復興されました。永禄元年(1558年)には望月城主・望月信雅によって再建されましたが、享保8年(1723年)に再度野火で焼亡しています。

江戸時代の復興と現在の堂宇

その後、江戸時代後期に小諸藩主・牧野康明によって現在の本堂や観音堂などが整備され、現在に至るまで美しい堂宇が守られてきました。歴史の重みを感じさせる建造物が、今なお訪れる人々を迎えてくれます。

文化財と信仰の象徴

国の重要文化財「観音堂宮殿」

布引観音の本堂内にある厨子「観音堂宮殿」は、鎌倉時代・正嘉2年(1258年)の造立と伝えられ、岩屋の中に祀られていたことで戦火を免れ、現存する貴重な文化財です。昭和24年(1949年)には国の重要文化財に指定され、細部に鎌倉建築の特徴が見られます。特に装飾部の「梅鉢懸魚」は、現代に伝わる唯一の遺構とされています。

長野県宝「白山社社殿」

本堂の近くには、御牧ヶ原から遷座されたといわれる「白山社社殿」があり、室町時代中期の建築様式を残す美しい社殿です。装飾は抑えられ、洗練された造形美が見どころで、昭和34年(1959年)に修復され、同年長野県宝に指定されました。

布引観音を訪ねて

布引渓谷を進む参道

布引観音へ至る参道は、信州の耶馬溪と称される布引渓谷沿いに伸びる、自然豊かな道のりです。駐車場から本堂までは徒歩で15分から20分程度。整備された石段が続くものの、湧水によってぬかるむ箇所もあるため、歩きやすい靴での訪問が推奨されます。

見所あふれる自然景観

参道には、数々の地蔵や石積み、滝や奇岩など、訪れる人々の目を楽しませる自然の造形が点在しています。中でも「善光寺穴」と呼ばれる洞窟は、遠く離れた善光寺まで通じているとされ、火災時には煙が出てきたという伝承も残されています。

交通アクセス

布引観音駐車場までのアクセス

※布引観音駐車場から県道40号線を小諸市街方面に300mほど進んだ地点は、土砂崩れにより通行不能になることがあり、事前に最新の道路状況を確認することをおすすめします。

駐車場から本堂までの移動

布引渓谷に沿って伸びる参道を進むルートが一般的ですが、もう一つの林道ルート(林道布引線)も存在します。ただし、林道は非常に狭く勾配も急なため、檀家や地域住民以外の通行は少ないのが現状です。

信仰と自然が交差する癒しの地

静けさの中に宿る祈り

布引観音は、歴史的価値の高い寺院建築と美しい自然が調和する、まさに「信州の秘境」ともいえる霊場です。観音堂からは千曲川や浅間山を望む絶景が広がり、訪れる人々に静かな感動と心の安らぎを与えてくれます。

霊場としての魅力

信仰の対象としてだけでなく、文化財の保全や自然の探訪地としても見応え十分な布引観音。長い歴史の中で幾度となく災難を乗り越えてきたその姿は、現代の私たちに強さと希望を語りかけてくれるようです。小諸を訪れる際には、ぜひ一度足を運んでいただきたい、心に残る名所です。

Information

名称
布引観音(釈尊寺)
(ぬのびき かんのん しゃくそんじ)

上田・小諸・佐久

長野県