焼額山スキー場は、長野県下高井郡山ノ内町にある志賀高原の一角に位置し、1983年に開業した比較的新しいスキー場です。標高約2000メートルの焼額山の南東斜面に広がり、雄大な自然と多彩なコース構成を誇ります。
志賀高原スキー場の中でも、最後に開発されたスキー場であり、2本のゴンドラを中心とした輸送力の高さ、自然の地形を生かしたロングコース、さらには豊富なパウダースノーが訪れるスキーヤーやスノーボーダーに高く評価されています。
焼額山スキー場は、内陸性気候と高標高という条件が揃っており、シーズン中の平均気温は最高気温で-2℃、最低では-13℃とかなり低くなります。この冷え込みが、乾いたサラサラのパウダースノーを生み出し、カナダのウィスラー・ブラッコムや北海道のニセコにも劣らない雪質を実現しています。
焼額山スキー場の開発は、1963年に始まった国土計画(現:プリンスホテル)と共益会との覚書により構想されました。しかし、地域住民や旅館組合、開発反対派などとの交渉が難航し、最終的に1983年にようやく開業に至りました。
当初は焼額山の東側斜面(八林班)のみの開発に限定され、後に南側斜面(七林班)の開発も認められ、現在のような規模に拡大されました。さらに1987年には、山之内町からの町有地貸付や林道の整備により、アクセスの課題も解消されました。
このスキー場の開業により、一の瀬エリアと奥志賀高原との間のスキー滑走が可能になり、志賀高原全体の連携が強化されました。現在では、18のスキー場で構成される志賀高原の中でも中心的な存在として親しまれています。
焼額山スキー場には、プリンスホテル東館、南館、西館が各拠点に配置されており、それぞれのベースにはゴンドラまたはクワッドリフトの乗車場が整備されています。ホテルにはレストランやレンタル施設も併設されており、快適な滞在が可能です。
スキー場は12月上旬からゴールデンウィークの5月初旬まで営業しており、志賀高原共通リフト券または焼額山限定券での滑走が可能です。東京方面からのアクセスは長野駅または湯田中駅経由で、志賀高原行きのバスが運行されています。
焼額山スキー場の魅力は、針葉樹に囲まれた自然の中を滑走できる林間コースにあります。全20本のコースは、標高差450m、最長滑走距離2.4km、総滑走距離17kmにもおよび、初級者から上級者まで幅広く対応しています。
全長973m、平均斜度9°/最大斜度15.6°。第4ロマンスリフトを利用する滑りやすいコースで、桃色の▽の看板が目印です。ナイター設備も備えられていますが、現在ナイター営業は休止中です。
全長1192m、平均斜度10°/最大17.5°。中腹の第3高速から分岐し、オリンピックコースや第1ゴンドラへ滑り込めるコースです。途中の分岐が多く、初心者にはやや難しい場合もあります。
山頂付近には上級者向けのツリーランやオリンピックコースがあり、スリルとテクニックを求めるスキーヤーに好評です。中級者には、唐松コースやパノラマコースといった人気コースがあり、週末は混雑することもあります。
滑走中には、岩菅山(2295.3m)、裏岩菅山(2341m)、東館山(1994m)、寺小屋峰(2125.2m)など、北信五岳の名峰が一望でき、スキーだけでなく景観の美しさも魅力です。
焼額山スキー場は、奥志賀高原スキー場や一の瀬山の神スキー場とも連絡しており、広大なエリアを滑走することができます。ゴンドラや高速リフトを活用すれば、1日では滑り切れないほどの広がりを感じられます。
焼額山スキー場は、1998年の長野オリンピックにおいてスノーボード競技の会場となり、世界中の注目を集めました。当時使用された「オリンピックコース」は現在も滑走可能で、多くのスノーボーダーに親しまれています。
オリンピック以降もスノーボーダーへの解放や多様なゲレンデ構成など、時代のニーズに敏感に応えてきた焼額山スキー場は、志賀高原の中でも個性的なスキー場として際立っています。
山頂を除き国立公園の特別地域に指定されていないことから開発は可能でしたが、森林伐採を最小限に抑え、自然の地形を活かした林間コースを主体とするなど、環境と調和した開発姿勢が貫かれています。
焼額山スキー場は、雪質の良さ、自然の地形、アクセスの良さ、施設の充実といった複数の魅力を備えたスキーリゾートです。ファミリー、初心者、上級者問わず、多くの方々が満足できる環境が整っており、志賀高原の中でも特に人気の高いエリアの一つとして今後も注目されるでしょう。