野尻湖遺跡群は、長野県上水内郡信濃町に所在する野尻湖の湖底や湖畔、その周囲の丘陵地帯に広がる、後期旧石器時代から縄文時代草創期にかけての遺跡群です。
野尻湖は、斑尾山と黒姫山に挟まれた標高654メートルの高原地帯にあり、長野県内で2番目に大きな面積(4.56平方キロメートル)を誇る自然湖です。その西岸部の約6キロメートル×4キロメートルの範囲に、38か所もの遺跡が存在しており、総称して「野尻湖遺跡群」と呼ばれています。
野尻湖遺跡群は、その立地環境や地層の違いから、以下の3つのタイプに分類されます。
丘陵地に形成された遺跡で、約5万年前から1万年前にかけての野尻ローム層堆積時期に成立しました。湿地や湖底ではなく、乾燥地での活動跡と考えられています。代表的な遺跡としては、貫ノ木遺跡、照月台遺跡、上ノ原遺跡などが挙げられます。
低湿地帯に形成された遺跡で、地層には湖成堆積物(水成層)と風によって堆積した層(風成層)の両方が含まれています。代表的な遺跡には、仲町遺跡、向新田遺跡、川久保遺跡などがあります。
立が鼻遺跡や杉久保遺跡など、野尻湖の湖底に形成された遺跡群です。冬期には東北電力池尻川発電所による水位の低下により湖底が露出し、発掘が可能になります。
1948年、地元の旅館経営者である加藤松之助が偶然、ナウマンゾウの臼歯を発見しました。さらに1953年、池田寅之助が収集していた石器資料の中に旧石器時代のものが見いだされ、これが「杉久保型ナイフ形石器」として命名されました。
1962年からは、湖底や湖畔での本格的な発掘調査が開始されました。野尻湖発掘調査団(本部:野尻湖ナウマンゾウ博物館)により、3年に1度の「大衆発掘」が実施され、全国の市民が参加できる独自のシステムが確立されました。
第1次調査では、ナウマンゾウやヤベオオツノジカの化石が発見され、氷河期の遺物であることが明らかになりました。1973年の第5次調査では、1,000人以上が参加し、「月と星」と呼ばれる象徴的な化石が発見されました。
立が鼻遺跡などからは、人類の遺物と動物の遺骸が同一層から出土しています。ナウマンゾウの象牙で作られた骨器、ナイフ形石器、そして中・小型動物の骨も見つかっており、旧石器人が狩猟や植物採集を行っていた痕跡と見られます。
1993年には、日向林B遺跡で石器が環状に集中する構造「環状ブロック群」が発見され、旧石器人のキャンプ跡である可能性が示唆されました。
これまでに発掘された遺物のうち、ナウマンゾウの臼歯化石は信濃町指定天然記念物に、また「立が鼻遺跡出土骨器」や「杉久保遺跡出土石器」は町指定有形文化財となっています。
さらに、日向林B遺跡から出土した石器202点は、2011年に国の重要文化財に指定されました。
これらの貴重な出土品の多くは、野尻湖ナウマンゾウ博物館に収蔵・展示されています。同館では、一般来館者に向けた解説や、発掘体験、模型展示なども行われ、学術と観光を融合した文化拠点としての役割を担っています。
野尻湖遺跡群は、旧石器時代の人類がこの地で生活し、大型哺乳動物と共存しながら狩猟を行っていたことを明確に示す、日本有数の考古学的遺産です。
発掘調査は現在も継続されており、市民の参加によって支えられる形態は、地域の文化振興と教育普及の模範とも言えるでしょう。野尻湖を訪れる際には、ぜひその壮大な歴史に思いを馳せ、博物館で過去の痕跡に触れてみてはいかがでしょうか。