中山晋平記念館は、長野県中野市に位置し、明治・大正・昭和の時代を代表する作曲家、中山晋平の生涯と功績をたたえるために設けられた施設です。中野市によって「中野市中山晋平記念館条例」に基づき運営されており、その役割は地域文化の継承と発展に貢献しています。
なお、同名の「中山晋平記念館」は静岡県熱海市にも存在し、こちらは晋平の別荘を改築したもので、熱海梅園の一角にあります。両館はその趣きや展示内容に違いがあり、それぞれ独自の魅力を持っています。
記念館は中山晋平の生家のすぐ隣に建てられています。入口には「カリヨンゲート」が設けられており、9時から17時まで毎正時に晋平の代表作が流れ、来訪者を優しく迎えてくれます。
第1展示室では、中山晋平の年譜や全作品リスト、手紙、写真などの貴重な資料が展示されています。また、ステージコーナーでは映像資料を通じて晋平の功績を深く学ぶことができます。
第2展示室では、晋平が寄贈したピアノが展示されており、リスニングコーナーでは代表曲を映像付きで鑑賞できます。耳だけでなく目でも晋平の音楽世界に浸ることができる工夫が施されています。
庭園には、富山県在住の彫刻家・熊谷喜美子氏によって制作された中山晋平の銅像が設置されています。高さ201cmの堂々たる銅像は、中野ライオンズクラブの寄贈により開館記念として建立されました。台座には当時の長野県知事・吉村午良氏の揮毫による銘板がはめ込まれており、隣には中野市長・土屋武則氏の碑文が並び立っています。
敷地面積は6,332平方メートル、建物延床面積は430平方メートルです。展示・陳列室が283平方メートル、収蔵・保管庫が33平方メートル、事務室が14平方メートル、会議室が18平方メートル、その他設備が82平方メートルと、ゆとりある構成で来館者を迎えています。
中山晋平の生誕100年を記念し、1987年(昭和62年)7月25日に記念館は開館しました。この年には地元中野市において多くの記念行事が催され、11月にも大規模な式典が開催されました。
2005年には中野市と旧豊田村が合併し、豊田村にある作詞家・高野辰之記念館と共に観光資源として紹介されるようになりました。これにより、両館の相互の入館者数が増加する相乗効果が生まれました。2013年には長野電鉄を利用した観光客向けに、両記念館をめぐる割引切符も発売され、さらに利便性が向上しました。
中山晋平(1887年~1952年)は、明治から昭和にかけて活躍した作曲家で、童謡・流行歌・新民謡など幅広いジャンルに多くの名曲を残しました。その作品数は判明しているだけでも1770曲にのぼり、「兎のダンス」「ゴンドラの唄」「カチューシャの唄」など、今なお愛唱される楽曲を多数世に送り出しました。
長野県中野市(旧新野村)に生まれた中山は、家庭の事情で若くして教職に就きながらも、音楽への夢を諦めず、東京音楽学校(現・東京藝術大学)で学びました。
島村抱月・松井須磨子の「芸術座」に参加し、『カチューシャの唄』などの劇中歌で一躍注目を集めます。その後、北原白秋や野口雨情、西條八十らと共に童謡・新民謡の創作に力を注ぎました。
1928年以降は日本ビクター専属作曲家として活躍。その作品は今もなお「晋平節」と称され、多くの人々に愛されています。
中山晋平記念館は、ただの資料館ではありません。訪れることで、彼の音楽が生まれた背景や、彼自身の人間性、そして当時の時代背景までが静かに伝わってきます。長野の地で、音楽史に触れるひとときをぜひ体験してみてください。