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高野辰之記念館

(たかの たつゆき きねんかん)

高野辰之記念館は、長野県中野市に所在する文化施設で、日本の国文学者であり、名作唱歌の作詞者として知られる高野辰之に関する資料を広く展示しています。この記念館は、中野市が「中野市高野辰之記念館条例」に基づいて設置・運営しており、郷土の偉人を顕彰するとともに、文化と教育の場として活用されています。

展示内容

展示室には、高野辰之の生涯、学び、教育者としての歩み、そして彼が生み出した数々の名唱歌にまつわる資料が数多く紹介されています。「故郷」「朧月夜」「春の小川」など、誰もが一度は耳にしたことのある美しい唱歌は、彼の郷愁と自然への愛情を表現した珠玉の作品です。

記念館の歴史

設立の背景

高野辰之記念館は、中野市豊田地区にある旧豊田村の小学校の校舎を活用して1991年に開設されました。彼の学び舎であり、教育に携わった場所でもあるこの地に、彼の業績を永く伝える拠点が築かれたことは、非常に意義深いことです。

合併と来館者の増加

2005年に豊田村が中野市と合併したことにより、中山晋平記念館と合わせて紹介されるようになりました。これを機に記念館の知名度が向上し、1991年の開館以来最も多くの来館者を記録し、1年間でおよそ1万9674人の入場者を迎える盛況ぶりを見せました。

天皇・皇后両陛下も訪問

2016年(平成28年)6月4日には、当時の明仁天皇・皇后両陛下がご来館され、その功績をたたえられました。この訪問は地元にとっても大変名誉な出来事であり、記念館の存在が全国的にも広く知られるきっかけとなりました。

記念館の利用案内

開館時間

3月〜11月:午前9時〜午後5時
12月〜2月:午前9時30分〜午後4時

休館日

12月〜3月は祝日を除く毎週月曜日、年末年始(12月29日〜1月3日)
4月〜11月は無休

アクセス

自動車の場合、上信越自動車道・豊田飯山インターチェンジから車で約3〜5分。

高野辰之の人物像と業績

生い立ちと教育者としての道

高野辰之は1876年(明治9年)4月14日、長野県水内郡永江村(現・中野市永江)の豪農の家に生まれました。初等教育を地元で受けた後、長野県尋常師範学校に進学し、1897年に卒業。教師としての道を歩み始めました。その後、東京帝国大学へ進み、国文学を専門的に学びました。

研究者・教育者としての歩み

東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)では教授として邦楽や唱歌の研究・教育に従事しました。また、文部省や国語教科書編纂の委員としても活躍し、近松門左衛門全集や日本演劇史、浄瑠璃史などの名著を世に残しました

唱歌の作詞家としての功績

彼の名を全国に知らしめたのは、やはり作詞家としての才能です。多くの児童唱歌を手掛けた彼の代表作には以下のようなものがあります。

これらの作品は、日本の四季や郷愁を優しく、叙情的に描いた名作として、今なお歌い継がれています。

校歌作詞者としての影響力

高野は多くの学校の校歌の作詞も手がけ、その数は100校以上にのぼるとされています。これにより、教育現場と深く関わり、次世代の心に残る歌を多く生み出しました

著作と研究業績

彼は国文学、演劇史、浄瑠璃、民謡など多岐にわたる研究を行い、下記のような多数の著書を残しています。

これらは現在でも貴重な資料として多くの研究者や教育者に活用されています。

おわりに

日本の心を今に伝える場所

高野辰之記念館は、ただの記念施設ではありません。そこには彼の温かく優しい詩情、そして学問と教育への真摯な姿勢が息づいています。世代を超えて愛され続ける唱歌のふるさとを訪れることで、私たちは日本の原風景と心を再確認することができるでしょう。中野市を訪れた際には、ぜひこの記念館に足を運び、その歴史と文化にふれてみてください。

Information

名称
高野辰之記念館
(たかの たつゆき きねんかん)

野沢温泉・志賀高原

長野県