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常楽寺(中野市)

(じょうらくじ)

常楽寺は、長野県中野市栗和田に位置する、曹洞宗の名刹です。山号は「仙洞山(せんとうざん)」、本山は群馬県館林市にある「茂林寺(もりんじ)」で、宗派の中心的な寺院のひとつに数えられます。

由緒と歴史

開創と改宗の歴史

常楽寺の創建は、寺伝によれば、室町時代の禅僧である夢窓疎石(むそうそせき)が諸国行脚の途次、当地に「白雲関我帰山天南寺(はくうんかんがきざんてんなんじ)」を建立したことに始まると伝えられています。

しかし、この天南寺は、戦国時代の「川中島の戦い」の戦火によって焼失してしまいました。その後、安土桃山時代の1583年(天正11年)、上杉謙信の養子である上杉景勝が、謙信の菩提を弔うために当地へ土地を寄進し、寺領の保障と「郡司不入(ぐんじふにゅう)」の特権を与えました。そして、茂林寺第10世の正清和尚を迎えて中興開山とし、「仙洞山常楽寺」として曹洞宗に改宗され、現在の寺の姿が整いました。

寺の再建と発展

寺院の中興から数世代を経て、1612年(慶長12年)には、第2世住職の正参(しょうさん)和尚によって、観音堂が建立されました。観音堂には、上杉謙信が持仏として崇敬していた聖観音菩薩像が本尊として安置されており、これは上杉景勝による寄進と伝えられています。

本堂と文化財

現在の本堂の再建

現在の本堂は、1819年(文政2年)に再建されたものです。建築には、江戸時代後期の名工として知られる立川流の名匠・立川和四郎富種(たてかわ わしろう とみたね)の手が加えられています。

芸術的な彫刻と文化財

本堂の欄間には、「粟穂に鶉(うずら)」や「二十四孝」を題材とした8場面の精緻な彫刻が施されており、これらは中野市の有形文化財に指定されています。さらに、富種の作としては、仁王尊像、唐獅子像、風神雷神像、上杉謙信像などもあり、彫刻芸術の粋が境内全体に息づいています。

本尊と脇侍

本堂のご本尊は釈迦如来であり、脇には智慧を司る文殊菩薩と、実践を象徴する普賢菩薩が並びます。三尊形式の仏像配置は、曹洞宗寺院において典型的で、仏法を体現する荘厳な佇まいを感じさせます。

境内の伽藍と建築物

羅漢堂と五百羅漢

本堂と山門の中間にある羅漢堂は、第11世住職・大雄(だいゆう)和尚の発願により、1800年(寛政12年)に建立されました。堂内には、五百羅漢像が雛壇状に安置されており、訪れる人々に壮観な仏教世界を感じさせます。

観音堂の役割

観音堂は、地域住民の信仰の場としても大切にされており、春秋には観音講が開催され、聖観音菩薩に祈願を捧げる人々で賑わいます。

その他の建築物

歴代住職とその功績

泰賢和尚(第18世)

第18世の泰賢和尚は、仏教教学の興隆と地域信仰の再建に尽力し、地域に深く根ざした寺院としての基礎を固めました。

牧嶺慈師(第28世)

第28世の牧嶺慈師(ぼくれいじし)は、現代における常楽寺の活性化を推進し、文化財の保存と地域交流事業を展開。多くの檀信徒からの尊敬を集めています。

常楽寺の今とこれから

常楽寺は、単なる歴史的な建造物にとどまらず、今も多くの人々が訪れ、心の拠り所として大切にされています。年間を通じて、坐禅体験、法話会、写経会などの仏教行事が開催され、地域住民や観光客の参加も積極的に受け入れています。

アクセス情報

常楽寺は、長野県中野市の静かな山あいにあり、車では上信越自動車道・中野ICから約20分。公共交通機関では、長野電鉄信州中野駅からタクシーやバスでのアクセスが便利です。春には桜、秋には紅葉が美しく、自然と仏教文化を同時に味わえる癒しの場所です。

まとめ

仙洞山常楽寺は、戦国時代からの由緒と、上杉謙信・景勝ゆかりの深い歴史を持つ、格式ある寺院です。立川流の名工が手掛けた彫刻や五百羅漢などの見どころに加え、静謐な自然環境とあたたかい地域信仰が訪れる人の心を和ませます。長野県中野市を訪れた際には、ぜひ一度足を運び、歴史と祈りの空間に身を委ねてみてはいかがでしょうか。

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名称
常楽寺(中野市)
(じょうらくじ)

野沢温泉・志賀高原

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