長楽寺は、長野県千曲市に位置する天台宗の寺院で、正式には姨捨山放光院長楽寺と号します。本尊に聖観世音菩薩を祀り、信濃三十三観音霊場第14番札所として、多くの巡礼者や参拝者を迎えてきました。
姨捨山の中腹に開かれた境内からは、善光寺平とも呼ばれる長野盆地を一望でき、古来より「月の名所」として名高い場所です。文学・信仰・景観が一体となった長楽寺は、観光地としてだけでなく、日本文化を体感できる貴重な存在といえるでしょう。
長楽寺は、JR篠ノ井線姨捨駅の背後に広がる姨捨山の斜面に建ち、棚田と山並み、そして夜には美しい月景色を望む絶好の立地にあります。この地は「姨捨(田毎の月)」として国の名勝にも指定され、日本を代表する月見の名所として知られています。
山号である姨捨山は、古くから伝説や和歌に詠まれてきた名を今に伝えるものです。寺号の「長楽」には、仏の教えによって人々が長く安らぎ、楽しみを得る場であってほしいという願いが込められているとされます。
長楽寺の創建時期は明確には分かっていません。宝暦3年(1753年)の地誌『千曲之真砂』や、江戸時代末期に成立した『善光寺道名所図会』によると、かつて八幡の武水別神社(当時は更級八幡神宮寺)の支院として位置づけられていました。
このことから、長楽寺は神宮寺の支配下に置かれた草庵や方丈として始まり、神宮寺僧侶の山林修行の場、引退僧の隠居所、あるいは賓客を迎えるための静養地として利用されていたと考えられています。
明治初年の神仏分離令により、長楽寺は一時無住となり、多くの記録を失いました。そのため創建年代や詳細な沿革については不詳な点が多く残されています。
ただし、姨捨山そのものは10世紀にはすでに名所として知られていたと考えられており、平安時代以来、月と和歌の世界の中で特別な位置を占めてきました。
江戸時代の写本とみられる『長楽寺縁起』(長野市立博物館所蔵)には、大山姫命や木花咲耶姫、諏訪の神々が登場する神話的な物語が記されています。これは、長楽寺が神仏習合の信仰の中で成立し、地域の神々と深く結びついていたことを示しています。
境内は眺望に恵まれ、多くの歌碑・句碑が点在しています。なかでも特に有名なのが、松尾芭蕉の句を刻んだおもかげ塚(芭蕉翁面影塚)です。
芭蕉は貞享5年・元禄元年(1688年)、『更科紀行』の途上で姨捨山を訪れ、次の句を詠みました。
「俤や 姥ひとりなく 月の友」
この句は、姨捨伝説と月の光を重ね合わせた、深い余韻をもつ作品として知られています。おもかげ塚自体は、芭蕉没後の明和6年(1769年)、俳人加舎白雄によって建立されました。
長楽寺には、小林一茶が少なくとも4度訪れたと伝えられています。また、測量家として知られる伊能忠敬も文化11年(1814年)に当地を訪れ、日記に13首もの古詠を書き留めています。長楽寺が学問や文学の場としても重要であったことがうかがえます。
現在の本堂と庫裏は、天保5年(1834年)再建と伝えられていますが、建築様式からは文化・文政年間(1804~1829年)の建築と推定されています。落ち着いた佇まいの中に、江戸後期の寺院建築の特徴を見ることができます。
本堂に接する観月殿は、元治元年(1864年)の奉納額が残されており、その頃の建立と考えられています。2007年(平成19年)には保存修理が行われ、現在も月見の空間として往時の雰囲気を伝えています。
おもかげ塚の上方に建つ月見堂は、本堂と同時期の建築とされ、2003年(平成15年)に保存修理が施されました。ここから眺める月は、姨捨随一とも称されます。
境内上方に位置する観音堂は、元禄4年(1691年)再建と伝えられていますが、虹梁の絵様などから宝暦・明和年間(1751~1771年)の再建と推定されています。2004年(平成16年)に保存修理が行われました。
境内にある姨石(姨岩)は、高さ約15メートル、幅・奥行ともに約25メートルという巨大な岩で、その頂上からは長野盆地を一望できます。月夜には、まさに別格の景観が広がります。
江戸時代後期の紀行文作家菅江真澄は、多くの人々がこの岩に登り月見を楽しむ様子を絵に残しています。この岩こそが、伝説に語られる姨捨山であると伝えられてきました。
姨捨(田毎の月)は国の名勝に指定されています。一般には棚田に映る月を指しますが、文化財指定においては、長楽寺の持田である四十八枚田に映る月景色を意味します。
この地は「月見田」「月夜田」とも呼ばれ、古来より仲秋の名月に合わせて歌会・句会が開かれてきました。選ばれた会派のみが稲刈り前の田に水を張り、桟敷を設けて月を映し、詩歌を詠むことが許されたと伝えられています。
上杉謙信が武水別神社に奉納した願文や、謡曲・狂言「木賊」にも「田毎の月」が登場することから、室町時代以前から広く知られた名所であったと考えられます。このような行事が実際に行われた最後は、1927年(昭和2年)と伝えられています。
長楽寺は月だけでなく、春の桜、秋の紅葉の名所としても知られています。境内を彩る花木と、遠くに広がる善光寺平の景色が織りなす風景は、訪れる人の心を和ませてくれます。
境内には姨捨長楽寺の桂ノ木があり、千曲市指定天然記念物となっています。樹齢は資料により幅がありますが、500年以上、あるいは800年から1000年とも伝えられる古木で、長楽寺の長い歴史を静かに見守ってきました。
長楽寺は、信仰の場であると同時に、日本を代表する月見文化と文学の舞台です。堂宇を巡り、歌碑に触れ、棚田と月の風景に思いを馳せることで、古人が愛した日本の美意識を体感することができます。
姨捨駅からほど近い立地でありながら、境内は静寂に包まれ、ゆったりとした時間が流れています。四季折々の自然、歴史ある建築、そして「田毎の月」という唯一無二の景観を楽しめる長楽寺は、千曲市を代表する観光・文化スポットといえるでしょう。