素桜神社は、長野県長野市泉平にある由緒正しき神社であり、特に境内にそびえる一本の桜の木が有名です。この桜は「素桜神社の神代ザクラ」として国の天然記念物に指定され、長野県内のみならず全国から多くの参拝者や花見客が訪れる名所となっています。
素桜神社は、長野市芋井地区・泉平集落の中ほど、西の方角に位置しています。周囲は裾花渓谷の上部にあたる自然豊かな環境で、神社は南西を向いた斜面の小さな台地に建立されています。山中にあるものの、北側の山が風を遮るため、風当たりが少なく穏やかな場所です。
神社名の「素桜」には、いくつかの興味深い言い伝えが残されています。ひとつは、古代の神々が各地に桜を賜った際、唯一生き残ったのがこの芋井の桜だったため、「神様からいただいた最初の桜」という意味で「素桜(もとはな)」と呼ばれるようになったという説です。また別の言い伝えでは、桜の精が『この桜は日本の桜の一番素になる桜』と語ったことから、その名がついたとも伝えられています。
素桜神社の境内には、推定樹齢約1,200年のエドヒガンザクラ(アズマヒガン)が一本そびえ立っています。その堂々たる姿は圧巻で、根回りは約9メートル、目通りの幹周りは11.3メートルにも達します。
この桜には、スサノオノミコトが当地で休んだ際、手にしていた桜の杖を池辺に差したところ、それが大きく成長したという神話が伝えられています。まさに神聖な力を宿した桜として、長きにわたり地元の人々に大切に守られてきました。
1935年(昭和10年)12月14日付で、この桜は国の天然記念物に指定されました。山梨県の「山高神代桜」、岐阜県の「淡墨桜」、山形県の「伊佐沢の久保ザクラ」と並び、日本有数の桜の名木として数えられています。
かつては風害により南側の幹が損傷し、残りの幹も弱っていた時期がありました。そこで1992年(平成4年)、専門の樹木医による診断と処置が施され、桜の若返りと保全が図られました。現在では支柱に支えられながらも、毎年見事な花を咲かせ、訪れる人々の心を癒しています。
1936年(昭和11年)の『天然紀念物調査報告』によれば、桜の基部は3本の枝幹に分かれており、それぞれ中央が5.9メートル、西南が約3.9メートル、東南が約3.32メートルと記録されています。枝張も見事で、東に5.35メートル、西に5.3メートル、南に6.6メートル、北に5.3メートルと四方に広がっています。
JRおよび長野電鉄の長野駅からは、アルピコ交通(川中島バス)71番 戸隠線に乗車し、約30分で「荒安」バス停に到着します。そこから徒歩約30分で神社に到着します。
また、「坂額」バス停からもアクセスが可能で、こちらは長野駅から73番 県道戸隠線のバスを利用します。やや距離はありますが、春の桜の時期にはこの山道も心地よく感じられるでしょう。
上信越自動車道・長野インターチェンジから約17キロメートルの距離で、車での所要時間は約40分です。ただし、神社には専用の駐車場がないため、訪問の際には周辺の道路状況や駐車に関する案内をご確認いただくことをおすすめします。
観世清廉によって1898年(明治31年)に発表された謡曲『素桜』は、この神社と桜の伝説を題材にしています。日本の古典芸能においても、その存在が深く印象付けられていることがわかります。
現代日本画の巨匠・中島千波による『素桜神社の神代桜』は、1996年(平成8年)の作品で、四曲一隻の屏風に描かれています。そのサイズは175センチ×340センチという大作で、長野県小布施町のおぶせミュージアム・中島千波館に所蔵されています。神代ザクラの神秘性と荘厳さが、美しく表現されています。
素桜神社は、自然の美しさと古来の伝承、そして文化的価値が融合した特別な場所です。神代の桜と称されるその巨木は、ただの花木ではなく、時代を超えて人々に語り継がれる物語を秘めています。長野を訪れる際には、ぜひ一度足を運んで、その荘厳な姿と静謐な空気を体感してみてはいかがでしょうか。