長野県 > 長野市・戸隠・小布施 > 有島生馬記念館

有島生馬記念館

(ありしま いくま きねんかん)

芸術家・有島生馬の足跡をたどる場所

有島生馬記念館は、長野県長野市信州新町上条に位置する文化施設で、日本近代美術の発展に多大な貢献を果たした画家・有島生馬の旧邸宅を移築して設けられた記念館です。昭和57年(1982年)10月に開館し、信州の豊かな自然に囲まれた地でその偉業と芸術世界を今に伝えています。

記念館の由来と建物の歴史

有島生馬が晩年を過ごした家は、もともと1890年(明治23年)にイタリア人貿易商ヴィヴァンティによって、神奈川県鎌倉市の稲村ヶ崎に建てられた邸宅で、コロニアル様式の美しい建築でした。この建物は長く空き家となっていましたが、1921年(大正10年)、生馬が訪れた新渡戸稲造の別荘に感銘を受け、同じ地域にあったこの邸宅を購入し、家族と共に暮らすようになりました。

生馬の死後、この邸宅は娘・暁子が勤めていた上智大学の研修施設となり、暁子自身もそこで暮らしていましたが、1980年(昭和55年)に取り壊しが決定。生馬が疎開先として縁のあった信州新町へ無償提供され、町の尽力により移築・保存されることになりました。彼が水内ダムのダム湖に「琅鶴湖(ろうかくこ)」と名付けたほど、この地域との関わりは深いものでした。

記念館の現在

現在、この記念館は琅鶴湖のほとりにたたずみ、当時の雰囲気を色濃く残す建物の中で、生馬の作品や関係資料を鑑賞することができます。訪れる人々は、生馬の美意識や人生観に触れることができる貴重な空間となっています。

有島生馬について

多彩な才能を持つ芸術家

有島生馬(ありしま いくま、本名・有島壬生馬)は、1882年(明治15年)11月26日に神奈川県横浜市に生まれた日本の洋画家・作家です。号は「雨東生」や「十月亭」を使用しました。児童文学者・志賀直哉や画家・児島喜久雄とは幼少期から親交があり、雑誌『白樺』の創刊にも参加しました。

代表作に『蝙蝠の如く』があり、ヨーロッパ留学中には美術だけでなく文学的素養も深めました。しかし、帰国後の私生活にまつわる行き違いから志賀直哉とは絶縁状態となり、志賀は後年『蝕まれた友情』(1947年)を著して、その顛末を綴っています。

日本近代芸術の礎を築いた一人として、彼の足跡をたどる記念館は、芸術に関心のある方々にとって訪れる価値の高いスポットです。

併設施設のご紹介

信州新町美術館

信州新町美術館は、有島生馬記念館と隣接しており、同じく長野市立博物館の分館です。水彩画や版画、書画など多彩な作品を収蔵し、常設展示のほか、年に数回の企画展も開催されています。主な収蔵品としては、以下のような作家の作品があります。

これらの作品の多くは、芸術家本人や地元の篤志家からの寄贈によるもので、地域の文化的資産として大切に保存されています。

信州新町化石博物館

信州新町化石博物館は、地元出身の考古学者・西沢勇氏が中心となって設立された自然史系博物館で、地域で発見された化石を中心に展示されています。館内では地元の自然の歴史を学べるほか、体験型のワークショップも随時開催されています。

入り口には実物大のディプロドクス像が堂々と構え、訪問者を迎えてくれます。また、館内には「新町博士ロボ」と呼ばれるユニークなガイドロボットがおり、ホタテガイの化石とともに、わかりやすく発掘の仕組みを解説してくれます。

ご利用案内

開館時間・休館日

開館時間:9:00〜16:30(最終入館は16:00まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、および祝日の翌日

入館料(3施設共通券)

団体割引(20名以上)

※入館口は信州新町美術館にあります。3施設を一度に楽しむことができるお得な共通券です。

アクセス情報

お車でお越しの方

高速道路ご利用の場合

電車とバスのご利用

最寄り駅:JR東日本「長野駅」
バス:長野駅善光寺口バス乗り場2番より、アルピコ交通「26 新町大原橋線」に乗車(約40分)
「新町美術館前」バス停下車 徒歩約1分
「ミュゼ蔵」へは「新町」下車 徒歩約2分

Information

名称
有島生馬記念館
(ありしま いくま きねんかん)

長野市・戸隠・小布施

長野県