川中島古戦場史跡公園は、長野県長野市更北地区に位置し、長野市緑地公園課の管理のもと整備された総合公園(都市公園)です。この公園は「川中島古戦場」とも呼ばれ、歴史的な背景と共に、多くの来訪者に親しまれています。
川中島古戦場史跡公園は、戦国時代の名将・武田信玄と上杉謙信が激突した「川中島の戦い」、特に第四次合戦(八幡原の戦い)の際に、武田軍が本陣を構えたとされる場所です。上杉勢が妻女山を下り、千曲川を渡って武田軍を奇襲した場面の中で、上杉謙信が単騎で武田陣に切り込み、信玄に斬りかかったという逸話です。この壮絶な一騎討ちは後に語り継がれ、戦国史において屈指の伝説となりました。
ただし、両軍が実際に激突した最前線は、現在の公園から西に約2~3kmの場所とされています。現在の南長野運動公園(オリンピック記念スタジアム)付近で、武田方の名将・山本勘助が戦死したと伝えられており、その墓は千曲川の対岸に位置しています。また、この付近には「合戦場」という地名も残されており、この一帯が実際の激戦地であったことを物語っています。
公園内には、八幡神社があり、武田軍がここで戦の戦果を確認し、勝鬨をあげたとされています。また、戦で討たれた敵将兵の首を葬ったと伝えられる首塚が二基存在します。さらに、公園の外には「一本杉の塚山」と呼ばれる別の首塚もあり、こちらは西側のりんご畑の中に位置しています。
園内には、上杉謙信と武田信玄の一騎討ちを再現した銅像が設置されています。また、大正時代に建てられた「三太刀七太刀跡」の石碑も見どころの一つです。この石碑はもともと博物館前の池の対岸にありましたが、現在は八幡神社の境内に移設されています。
この公園は元々田畑であった広大な土地を活用し、芝生や樹木が整備され、市民の憩いの場としても親しまれています。園内には佐久間象山の銅像や、池・築山・あずまや・野外ステージなどの施設も整えられており、家族連れや歴史好きの方々にとっても楽しめる空間となっています。
1981年(昭和56年)9月23日には園内に長野市立博物館が開館し、地域の歴史や自然に関する展示が行われています。来訪者は、公園の散策とあわせて、より深い歴史理解を得ることができます。
10月上旬の土曜日には、地域住民が中心となって開催される祭りが行われ、屋台の出店や夜の花火大会なども催されます。この時期には多くの観光客が訪れ、賑わいを見せます。
川中島古戦場史跡公園は、長野インターチェンジから善光寺に至る幹線道路沿いに位置しており、長野市内の主要観光地を結ぶバス路線上にあります。交通アクセスが良好であるため、観光客にも訪れやすい場所となっています。
・JRまたは長野電鉄の長野駅、あるいは長野電鉄の松代駅から、アルピコ交通バス30系統「川中島古戦場」で下車
・新宿駅から高速バス(長野~新宿線)を利用し、「川中島古戦場」バス停で下車
・上信越自動車道 長野ICから車で約3分と非常にアクセスしやすい立地です。
川中島古戦場史跡公園は、単なる歴史公園にとどまらず、市民や観光客の憩いの場、学びの場として親しまれています。歴史的な背景と伝説、整備された施設、美しい自然環境が一体となったこの公園は、長野を訪れる際にはぜひ立ち寄りたい観光名所の一つです。