美和神社は、長野県長野市三輪に鎮座する歴史深い神社で、かつての社格は「県社」、また『延喜式神名帳』に記載された式内社でもあります。古くから信州善光寺七社の一社に数えられ、地域の人々に厚く信仰されてきました。
市街地にほど近い住宅地の中にありながらも、境内は静けさと神聖な空気に包まれています。特に注目すべきは、三輪系の神社に特有の「三ツ鳥居(三輪鳥居)」が建っており、その独特な姿は訪れる人々の目を引きます。
境内には全国の一宮を祀った石祠群(百末社)が約100基ほど整然と並び、その荘厳さは他に類を見ないものです。これらの神々に祝膳を捧げる年末の神事「越年祭」は、極めて珍しい儀式として知られています。
大物主命(おおものぬしのみこと)が主祭神として祀られています。この神様は奈良県の大神神社と同じ御祭神で、大国主命の和魂(にぎみたま)とされています。水内神(健御名方富命彦神別神社祭神)の父神とも伝えられています。
創建年代は不詳ですが、大和国の大神神社と祭神・社名を同じくしており、「三輪系」の神社であることがうかがえます。『善光寺縁起』によれば、大和の三輪から来た三輪時丸という人物が善光寺に参拝後、当地に留まり、大神神社の神体を奉納したという伝説が残っています。
また、近隣には時丸にまつわる「時丸の塚」や「時丸寺」などが存在し、三輪氏の関係者がこの地に移り住んでいた可能性が考えられます。さらには、信更町田野口の「松ノ山窯跡」から出土した土器に、三輪氏と関係の深い和泉陶邑窯との類似性が見られることも興味深い点です。
文献上では、貞観3年(861年)に相殿神の国業比売神に神階が授けられた記録が初出とされます。さらに貞観8年(866年)には疫病防除のために奉幣が行われるなど、地域の重要な守護神として崇敬されていたことがわかります。
江戸時代には「三輪神社」と称していましたが、安永3年(1774年)に吉田家の許可を受け、「美和神社」へと改称されました。現在の社殿は寛政5年(1793年)に造営されたものです。
1873年(明治6年)には村社に列せられ、1935年(昭和10年)には県社に昇格。1986年(昭和61年)には、献幣使参向神社に指定されました。
境内には、明治時代に勧請された青麻神社があり、近隣の大須賀忠右衛門が中風快癒を願って建てたものと伝えられています。また、境内の塀の上には全国の一宮を祀る小さな石祠が並び、「百末社」として地元の人々に親しまれています。
美和神社では、年間を通じて多くの祭事が執り行われており、地域の人々の生活と密接に結びついています。
住所:長野県長野市大字三輪字相ノ木東514
最寄駅:長野電鉄長野線「本郷駅」より徒歩すぐ
美和神社は、静寂な境内と由緒ある神々を祀る神社として、歴史好き・神社仏閣巡りをされる方々におすすめの場所です。長野市街地からもアクセスしやすく、歴史探訪や心静かなひとときを過ごすには最適な地といえるでしょう。