長野県 > 長野市・戸隠・小布施 > 岩松院

岩松院

(がんしょういん)

葛飾北斎の天井画が著名な信州の名刹

岩松院 ― 歴史と

岩松院は、長野県上高井郡小布施町雁田にある、曹洞宗の古刹です。山号は「梅洞山」、本尊は釈迦如来。室町時代から続く由緒ある寺院で、江戸時代の名将・福島正則の菩提寺としても知られています。また、浮世絵師・葛飾北斎が晩年に手がけた傑作「八方睨み鳳凰図」が本堂天井に描かれていることでも著名で、全国から多くの観光客や芸術愛好者が訪れる名所となっています。

岩松院の歴史と由緒

室町時代に創建された信仰の場

岩松院の歴史は、今から約600年前の室町時代にさかのぼります。永享2年(1430年)、浄土教系の寺院である「千僧林念仏寺」として開創されました。その後、文明4年(1472年)には地元の雁田城主・荻野備後守常倫の援助により、不琢玄珪禅師を開山として曹洞宗の寺院として再興され、現在の岩松院が形成されました。

福島正則と岩松院

江戸時代初期には、戦国大名であり豊臣秀吉の重臣でもあった福島正則との縁が深まります。正則は、元和5年(1619年)に広島城を無断で改築したことを咎められ、領地を没収されて信濃国高井野藩に改易されました。その後、小布施の地で晩年を過ごし、亡くなった後はこの岩松院に霊廟が建立され、現在もその威厳ある姿を見ることができます。

文化財と見どころ

本堂天井画 ― 北斎が描いた「八方睨み鳳凰図」

岩松院最大の見どころは、なんといっても江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎が手がけた天井画「八方睨み鳳凰図」です。この作品は、1848年(嘉永元年)、北斎が89歳という高齢で制作したもので、その晩年における代表作といえるでしょう。

「八方睨み」とは、どの角度から見ても鳳凰の視線が合っているように見える技法で、北斎の卓越した空間認識と表現力の高さがうかがえます。この巨大な天井画は、縦5.5メートル、横6.3メートルの板に直接描かれており、訪れる人々を圧倒するスケールと迫力を持っています。

福島正則霊廟 ― 戦国武将の魂が眠る場所

境内には、前述の通り、福島正則霊廟が静かに佇んでいます。この霊廟は、正則の威厳と武将としての誇りを今に伝える貴重な建築物であり、多くの歴史ファンや研究者が訪れる場所となっています。

小林一茶の句碑 ― 名句が生まれた地

また、岩松院は江戸時代を代表する俳人・小林一茶ともゆかりがあります。一茶は文化13年(1816年)に岩松院を訪れ、その折に詠んだ句が石碑として境内に残されています。

「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」という句は、戦う痩せた蛙に声援を送る一茶の温かく人間味あふれるまなざしが込められており、今なお多くの人の心に響く一句として親しまれています。

その他の文化財

岩松院の魅力と現代の姿

芸術と信仰が調和する空間

岩松院は、単なる寺院にとどまらず、芸術・歴史・信仰が融合した空間です。古刹としての荘厳な雰囲気の中に、北斎や一茶といった芸術家たちの精神が息づいており、訪れる人々に深い感銘を与えてくれます。

アクセスと周辺観光情報

岩松院は、小布施町の中心部からほど近く、観光地「北斎館」や「小布施堂」などとも連携して回ることができるロケーションにあります。電車では長野電鉄「小布施駅」から徒歩またはタクシーでアクセスでき、上信越自動車道「小布施スマートIC」からも車で数分と、アクセス性も良好です。

まとめ ― 小布施の精神文化を今に伝える

岩松院は、小布施町という文化と自然が調和した土地において、地域の歴史と精神文化を象徴する存在です。室町時代の創建から続く長い歴史、戦国武将・福島正則や俳人・小林一茶とのゆかり、そして世界に誇る芸術家・葛飾北斎の名作に出会える場所として、その価値は計り知れません。

信州観光の折には、ぜひこの岩松院に足を運んでみてください。静かな境内で歴史の足音に耳を澄まし、天井の鳳凰に見つめられるひとときは、訪れた者にとって特別な記憶となることでしょう。

Information

名称
岩松院
(がんしょういん)

長野市・戸隠・小布施

長野県