琅鶴湖は、長野県長野市を流れる犀川に設けられた水内ダムによって生まれた美しい人造湖です。「琅鶴湖」という名前は、この地をこよなく愛した画家・有島生馬によって命名されました。名前の由来には、まるで鶴が湖面を舞うかのような幻想的な光景を想起させるという意味が込められており、四季折々の自然美が訪れる人々の心を癒してくれます。
この湖では屋形船やカヌー、SUP(スタンドアップパドルボード)などのアクティビティが楽しめ、湖上から眺める四季の移ろいが訪れる人々を魅了します。春は桜、夏は新緑、秋には紅葉、そして冬は雪景色と、どの季節にも異なる表情を見せてくれるのが特徴です。
毎年8月15日には、送り盆の行事の一環として、灯籠流しと共に華やかな花火大会が開催されます。湖面に映る灯籠と夜空を彩る花火のコントラストは、幻想的で心に残る体験となることでしょう。
水内ダムは、信濃川水系・犀川に位置する、高さ25.3メートルの重力式コンクリートダムです。このダムは、発電を目的として東京電力リニューアブルパワーが運用しており、同社の水内発電所に送水して、最大で31,600キロワット</strongもの電力を生み出す重要な設備となっています。
このダムによって得られた電力は、長野県内の地域社会に安定した電力を供給し、住民の暮らしや産業の発展を支えています。戦時中の建設という歴史的背景を持ちながらも、現在に至るまで地域の重要なインフラとして活躍しています。
水内発電所の建設は1917年(大正6年)、当時の東信電気が犀川での水力発電に着目し、「犀川水力」という名で水利権を出願したことに始まります。その後、長野電灯や信濃電気、諏訪電気などの他社との競合を経て、1927年(昭和2年)には「犀川電力」として正式に許可が下りました。
1939年(昭和14年)に着工した工事では、多くの困難に見舞われました。掘削には爆薬を用い、土壌の空洞部による漏水トラブルにはオガクズを注入するという創意工夫が施されました。また、1941年には2度の洪水により資材が流失するなど苦難の連続でしたが、1943年に発電機の運転を開始し、無事に発電所が完成しました。
戦後は東京電力が水内発電所を引き継ぎ、上流には平発電所・生坂発電所、下流には笹平発電所・小田切発電所などが次々に完成。現在では信州新町上条にある犀川総合制御所により一括管理され、より効率的な運用がなされています。平成以降も老朽化対策として設備更新が続けられ、現在の出力は31,600キロワットとなっています。
水内ダムの上流には、長野県の名勝「久米路峡」が広がっており、ここには県歌『信濃の国』にも登場する久米路橋が架かっています。かつて激流が奇岩をかき分けて流れていたこの地には、人柱伝説が残されており、歴史的にも貴重な場所となっています。
長野市中心部からは国道19号線を犀川に沿って進むと、水内ダムに至ります。周辺には小田切ダム、笹平ダムも点在しており、ダム巡りの観光も楽しめます。公共交通機関では、長野駅から新町大原橋方面へ向かうアルピコ交通(旧川中島バス)のバスが運行しており、「追沢入口」バス停が最寄りとなります。
発電所建設の過程では、残念ながら36名の尊い命が失われました。ダム付近には彼らを偲ぶ水内ダム慰霊碑が建立されており、訪れる人々が静かに手を合わせる場所となっています。
琅鶴湖と水内ダムは、自然と人間の知恵が調和した美しい場所です。四季折々の風景が楽しめる湖上アクティビティ、歴史を物語る発電所の遺産、そして周囲の観光地まで含めて、訪れる価値のあるスポットです。長野を訪れる際には、ぜひ足を運んでその魅力を体感してみてはいかがでしょうか。