時代ごとに学べる長野県の歴史
2階に広がる常設展示
長野県立歴史館の2階には、有料の常設展示室が設けられています。展示は原始・古代・中世・近世・近現代の各時代に分けられており、長野県の歴史を時代の流れに沿って学べる構成です。
長野県の各地域から集められた考古資料や歴史資料を通して、そこに暮らした人々の生活や社会の変化、地域文化の成立などを知ることができます。
企画展示や図書閲覧室
2階には常設展示室のほか、企画展が開催される企画展示室や図書閲覧室もあります。図書閲覧室では、歴史や郷土文化に関する資料を閲覧することができます。
1階には受付やミュージアムショップ、講堂などがあり、館内では展示だけでなく、歴史や文化について学ぶためのさまざまな活動が行われています。
時代を感じられる屋外展示
「縄文の森」「万葉の野」「中世の林」
館内だけでなく、建物の周囲にも歴史を身近に感じられる空間が整備されています。屋外には「縄文の森」「万葉の野」「中世の林」など、時代ごとに区分された展示があります。
自然の中を歩きながら、それぞれの時代の暮らしや文化に思いをはせることができ、屋内の展示とは異なる方法で歴史を体験できます。
貴重な文化財と歴史資料
鳥羽院庁下文
長野県立歴史館が収蔵・紹介する資料の中でも、特に貴重なもののひとつが「鳥羽院庁下文」です。
1145年に鳥羽上皇の院庁から発給された裁定文で、信濃国小河荘、現在の小川村周辺の管理権に関する内容を記しています。東日本では唯一現存する原本とされ、古文書学のうえでも極めて重要な資料です。
吉田川西遺跡土壙出土品
塩尻市に所在する吉田川西遺跡からは、竪穴建物跡や土坑墓などが発見され、緑釉陶器、鏡、土師質皿など多彩な遺物が出土しています。
これらの資料は、平安時代中期の人々の暮らしや文化を知るうえで重要な手がかりとなっています。
日向林B遺跡出土品
信濃町の日向林B遺跡からは、約3万年前の旧石器時代に使われた石器が大量に出土しています。
局部磨製石斧や台形石器、砥石など、石器の製作過程を知ることができる資料も多く含まれており、長野県における旧石器文化の実態を明らかにするうえで重要な資料となっています。
博物館・文書館・考古館としての役割
貴重な古文書を保存する文書館機能
長野県立歴史館は、一般的な博物館として展示を行うだけでなく、文書館としての役割も担っています。
県内の個人や団体から寄贈・寄託された古文書をはじめ、長野県庁が作成した行政文書なども保管され、資料の保存と公開が行われています。こうした資料は、長野県の地域史や行政史を研究するうえでも重要な情報源となっています。
発掘調査の成果を保存・公開
高速道路や新幹線などの建設に伴って長野県内で実施された発掘調査では、多くの考古資料が発見されています。
これらの資料は、長野県埋蔵文化財センターによる整理や報告書の作成を経て長野県立歴史館に移管され、収蔵・展示されています。地域の開発によって発見された文化財を後世へ伝える役割も、歴史館の重要な機能です。
豊富な収蔵資料
歴史研究を支える多彩な資料群
令和元年時点では、長野県立歴史館には膨大な数の資料が収蔵されていました。資料数は、展示資料が2,301点、図書が119,736冊、考古資料が29,204箱、文献史料が291,848点に及びます。
こうした幅広い資料を収集・保存・整理・公開することで、長野県の歴史を学ぶための基盤となっています。
長野県立歴史館の開館まで
県の総合計画を背景に建設
長野県立歴史館は、1988年(昭和63年)に策定された「第二次長野県総合計画」を背景として計画されました。
1990年(平成2年)には建設に向けた基本構想が定められ、1992年(平成4年)から建設が開始されました。そして1994年(平成6年)11月3日の文化の日に正式に開館しました。
開館時から地域の歴史をテーマに展示
開館当初は、「総合情報」「考古資料」「文献史料」の3部門が設けられました。
最初の企画展として開催されたのが「赤い土器のクニ 弥生時代の千曲川流域の土器」です。地域の歴史に深く関わるテーマを取り上げることで、開館当初から長野県の歴史を身近に学べる施設としての役割を担ってきました。
科野の里歴史公園と森将軍塚古墳館
古代の歴史をさらに深く学べるエリア
長野県立歴史館がある科野の里歴史公園には、森将軍塚古墳館や「科野のムラ」などが整備されています。特に森将軍塚古墳館は、長野県立歴史館とともに地域の歴史を学ぶ重要な施設です。
森将軍塚古墳館は千曲市が運営する市立博物館で、埴科古墳群や有明山将軍塚古墳などに関する古代の遺物を保存・展示しています。
森将軍塚古墳を知る森将軍塚古墳館
発掘資料から古墳の歴史を学ぶ
森将軍塚古墳館は、有明山の麓に位置し、周辺の古墳から発掘された資料を紹介しています。なかでも森将軍塚古墳は、長野県最大の前方後円墳として知られる重要な史跡です。
古墳は南側の有明山の尾根上に復元され、一般公開されています。古墳館から古墳までは専用バスが運行されており、古墳そのものを訪れて規模や立地を体感することができます。
古墳までのバスで歴史散策
森将軍塚古墳へのバス料金は片道200円で、小学生は半額です。20名以上の団体には割引料金が設定されています。
なお、バスは月曜日、祝日の翌日、冬季の12月から4月には運休となります。古墳を訪れる際には運行時期に注意が必要です。
森将軍塚古墳の保存と復元
明治時代から始まった調査と保護
森将軍塚古墳は、1883年(明治16年)に「将軍塚」として初めて報告されました。その後、1965年(昭和40年)には長野県史跡に指定され、1970年(昭和45年)には国指定史跡となりました。
保存をめぐっては、1970年に市民による保護運動が起こり、古墳の保存を求める署名には市民の9割を超える人々が参加しました。こうした地域の声も背景となり、古墳の保存と整備が進められました。
発掘調査と復元工事
1981年度(昭和56年度)から1991年度(平成3年度)にかけて全面的な発掘調査と復元工事が行われ、現在見ることのできる森将軍塚古墳の姿が整えられました。
発掘調査では三角縁神獣鏡の破片などが見つかったほか、日本最大の底面積を持つとされる竪穴式石室も確認されました。石室は森将軍塚古墳館内に再現されており、古墳の構造を具体的に理解することができます。
全国的にも注目される古墳
森将軍塚古墳は、その規模や発掘成果から全国的にも注目されている古墳です。小学校の社会科教科書にも図解入りで紹介されるなど、古代史を学ぶ教材としても重要な存在となっています。
歴史を歩いて体感できる科野の里
長野県立歴史館と森将軍塚古墳館は、展示を見るだけでなく、周辺の歴史的な環境と合わせて訪れることで、より深く楽しめる施設です。
長野県立歴史館では、旧石器時代から近現代までの資料を通して長野県全体の歴史を学び、森将軍塚古墳館では古墳時代の資料を詳しく見学できます。さらに復元された森将軍塚古墳や科野のムラを訪れることで、展示資料と実際の歴史景観を結びつけることができます。
長野県立歴史館へのアクセス
電車とバスを利用する場合
鉄道を利用する場合は、しなの鉄道の屋代駅または屋代高校前駅が最寄り駅です。駅から千曲市循環バスを利用し、「科野の里歴史公園」バス停で下車します。
車で訪れる場合
車の場合は、長野自動車道・更埴インターチェンジから約5分です。長野県立歴史館だけでなく、森将軍塚古墳館や周辺の歴史公園を合わせて訪れる場合にも便利です。
信濃の歴史を未来へ伝える博物館
長野県立歴史館は、旧石器時代から近現代まで、長野県の歴史を幅広く学ぶことができる歴史文化の拠点です。貴重な古文書や考古資料を展示するだけでなく、文書館や考古館として資料を保存し、未来へ伝える役割も担っています。
さらに、森将軍塚古墳館や復元された森将軍塚古墳と合わせて訪れることで、展示資料だけでは分かりにくい古代の歴史を、実際の遺跡や景観を通して体感できます。
千曲市を訪れる際には、科野の里歴史公園をゆっくり歩きながら、長野県立歴史館で地域の歴史を学び、森将軍塚古墳館や古墳を巡ってみるのがおすすめです。長野県の豊かな歴史と文化を体系的に知ることができる、千曲市を代表する歴史観光スポットのひとつです。