下諏訪宿は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十九番目の宿場であり、さらに甲州街道の終点にもあたる交通の要衝として栄えました。現在の長野県諏訪郡下諏訪町中心部に位置し、難所として知られた和田峠の西の入口にあたることから、多くの旅人や大名行列が行き交う重要な拠点でした。
また、全国に一万社以上ある諏訪神社の総本社である諏訪大社下社(春宮・秋宮)の門前町としても発展し、信仰と交通が結びついた独特の町並みが形成されました。江戸時代後期の天保14年(1843年)の記録『中山道宿村大概帳』によれば、宿内家数は315軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠40軒を数え、人口は1,345人にのぼったとされています。
さらに特筆すべきは、中山道で唯一温泉が湧く宿場町であったことです。鎌倉時代にはすでに温泉利用の記録があり、当時の絵画にも湯治を楽しむ旅人の姿が描かれています。現在も歓楽的な大規模温泉地とは異なり、落ち着いた小規模旅館街と共同浴場が点在し、静かで情緒ある雰囲気を保っています。
諏訪大社は日本最古級の神社の一つで、諏訪湖周辺に上社・下社あわせて四宮を有します。下諏訪町に鎮座する下社春宮・秋宮は、建御名方神と八坂刀売神を御祭神とし、本殿を持たず自然そのものを御神体とする古い信仰形態を今に伝えています。
春宮は杉の古木をご神体とし、諏訪大社下社の最初の鎮座地と伝えられています。幣拝殿や片拝殿は国の重要文化財に指定され、その端正なたたずまいからは悠久の歴史が感じられます。境内周辺には静かな森が広がり、厳かな空気に包まれています。
秋宮は旧中山道と甲州街道の分岐点近くに鎮座し、交通の要所を守る神として篤い信仰を集めてきました。大注連縄が掛かる神楽殿、樹齢約800年の「根入りの杉」、青銅製としては日本最大級といわれる狛犬など、見どころが豊富です。幣拝殿の精緻な彫刻は江戸中期の名匠・立川和四郎富棟によるもので、その芸術性は高く評価されています。
春宮近くに立つ万治の石仏は、万治3年(1660年)建立と刻まれた阿弥陀如来像です。石工が大鳥居用の石材にノミを入れたところ血が流れ出たという伝説から、この石に仏を刻み霊を鎮めたと伝えられています。
1974年に岡本太郎氏が絶賛したことで全国的に知られるようになり、その独特の造形美は現代芸術にも通じる魅力を放っています。
本陣岩波家は、江戸時代に大名や勅使が宿泊した公認宿舎です。2023年に長野県宝に指定され、主屋や門、土蔵群、庭園などが高く評価されました。築約220年の建物は近世後期の様式を今に伝え、京風数寄屋造りの優雅な意匠が特徴です。
1861年、徳川家茂に嫁ぐ皇女和宮がここに宿泊しました。明治天皇も休息された由緒ある空間で、上段の間から望む庭園は格別です。中山道随一と称される築庭式石庭園は、全国から集めた600以上の石を用い、深山幽谷の景色を再現しています。
観光拠点として人気の複合文化施設で、「時計工房儀象堂」と「星ヶ塔ミュージアム矢の根や」を併設。足湯「御柱神湯」もあり、まち歩きの疲れを癒やせます。
諏訪が「東洋のスイス」と称された時計産業の歴史を紹介。世界初の復元「水運儀象台」や時計づくり体験が楽しめます。
国史跡・星ヶ塔黒曜石原産地遺跡をテーマに、旧石器時代からの黒曜石文化を紹介しています。
精密技術の伝統を活かしたオルゴールの博物館。約700曲から選べる組み立て体験が人気です。美しい音色に包まれるひとときを過ごせます。
江戸時代の宿場民家を活用した資料館で、街道や温泉、幕末の出来事などを紹介。下諏訪宿の賑わいを伝える貴重な史料が展示されています。
七年に一度開催される天下の大祭御柱祭。その迫力を体感できる「おんばしら館よいさ」では、模擬御柱や木落し体験装置などを通じて祭りの魅力を学べます。
古来より旅人を癒やしてきた下諏訪温泉。明治19年創業の菅野温泉など、情緒あふれる共同浴場が点在しています。約42~43度のややぬるめの湯は体の芯まで温まり、街歩きの疲れを優しく癒やします。
石畳や格子戸の町家が残る通りを歩けば、往時の賑わいが目に浮かびます。老舗和菓子店「新鶴本店」の塩羊羹や、門前広場食祭館での土産探しも楽しみの一つです。
歴史、信仰、温泉、ものづくり文化が凝縮された下諏訪宿。中山道と甲州街道の分岐点に立ち、同じ景色を眺めながら江戸時代へ思いを馳せる旅は、きっと心に深く残ることでしょう。