千人塚城ヶ池は、長野県上伊那郡飯島町七久保に位置する美しいため池で、中央アルプス国定公園内にあります。昭和9年(1934年)に造られたこの池は、もともと戦国時代に築かれた北山城(別名・船山城)の空堀を利用して建設されたものです。
その後、農業用の温水ため池として地域の水田を潤し、下流約200ヘクタールの水田を灌漑する重要な役割を果たしてきました。平成22年(2010年)には、農林水産省による「ため池百選」にも選ばれ、その歴史的・景観的価値が高く評価されています。
この地には、古くから「千人塚」と呼ばれる場所があり、その名には戦国時代の悲しい物語が伝わっています。今からおよそ八百年前、船山城主の家臣である上沼氏が北山城を築き、この一帯を治めていました。
天正10年(1582年)2月、織田信忠が伊那地方を攻めた際、上沼左近が守る北山城は激しい攻防の末に落城します。その戦いで命を落とした多数の兵士たちの遺骸や武具が埋められた場所が「千人塚」と呼ばれるようになったと伝えられています。
戦後、たびたび疫病が流行したため、人々は戦没者の霊の祟りを恐れ、天保15年(1844年)に「千九人童子の碑」を建てて供養を行いました。それ以来、地域では春と秋の年2回、供養祭が欠かさず続けられており、今なお多くの人々が静かに手を合わせています。
このような歴史的背景から、千人塚城ヶ池周辺は単なる農業施設にとどまらず、地域の人々の祈りと鎮魂の地としても尊ばれています。
千人塚城ヶ池は、与田切川およびその支流から取水した水を蓄える農業用の温水ため池として設計されています。中央アルプスを源とする川の水は非常に冷たく、そのままでは稲の生育に不向きでした。そこでこの池を活用し、水温を上げてから水田へ送る仕組みが作られました。
この温水ため池の完成によって、周辺の稲作地帯では収穫量が大きく向上し、地域の農業発展に大きく寄与したといわれています。現在も約200ヘクタールの水田を支える地域農業の要として欠かせない存在です。
池の周辺は、春には千本桜が咲き誇り、湖畔を彩るツツジやアジサイ、秋の紅葉と、四季折々の美しい自然が訪れる人々を魅了します。
また、ツバメやカワウなど多くの野鳥が飛来するため、バードウォッチングの名所としても知られています。自然豊かな環境の中で、心安らぐ時間を過ごすことができる場所です。
千人塚城ヶ池周辺には、千人塚公園が整備されており、キャンプ場やマレットゴルフ場などの施設が充実しています。春は花見、夏はキャンプ、秋には紅葉狩りと、一年を通じて多くの観光客が訪れる憩いの場となっています。
また、晴れた日には中央アルプスと南アルプスの山々を一望することができ、その雄大な景観は訪れる人々の心を打ちます。
所在地:長野県上伊那郡飯島町七久保
交通:飯田線「七久保駅」下車後、徒歩または車でアクセス可能。
道路:長野県道220号千人塚公園線を利用。
千人塚城ヶ池は、戦国の歴史を静かに語り継ぐ場所でありながら、現代では豊かな自然と人々の暮らしを支える存在として息づいています。
その静かな水面に映るアルプスの山並みは、まるで時の流れを超えて過去と現在を結びつけるようです。歴史、自然、農業が調和したこの地を訪れれば、心に残る深い感動とともに、地域の人々が守り続けてきた文化と祈りの重みを感じ取ることができるでしょう。