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御柱祭

(おんばしらさい)

諏訪大社の壮大な伝統行事

御柱祭は、長野県諏訪地方で7年ごとに行われる壮麗かつ勇壮な祭りであり、諏訪大社における最大の式年祭として知られています。正式名称を「式年造営御柱大祭(しきねんぞうえいみはしらたいさい)」といい、古来より続く日本屈指の伝統行事です。長野県指定無形民俗文化財にも指定されており、日本三大奇祭のひとつにも数えられます。

御柱祭の概要と意義

御柱祭は、寅(とら)年と申(さる)年に行われる式年祭で、諏訪大社の社殿四隅に「御柱(みはしら)」と呼ばれる巨大な樅(もみ)の木を建てる神聖な行事です。これにより社殿を新たにし、神々の力を迎え入れるという意味が込められています。

祭りでは、山中から選び抜かれた16本の大木を切り出し、上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮の四社それぞれに4本ずつ建てます。伐採から運搬、そして建御柱(たておんばしら)まで、すべて地元氏子の手によって行われる点が特徴です。

開催周期と地域の熱気

御柱祭は「6年に一度」行われますが、数え年で「7年目ごと」と数えるため、一般的には「7年に一度の大祭」と呼ばれています。祭りは大きく分けて「山出し」「里曳き」の二部構成となり、それぞれ4月と5月に開催されます。諏訪地方ではこの祭りにあわせて地域全体が休日になる企業も多く、まさに地域を挙げての一大行事です。

祭りの構成 ― 山出しと里曳き

山出し ― 命懸けの木落し

「山出し」は、山中から御柱を切り出して里へ運び出す行事で、祭りの中でも最も迫力に満ちた場面です。とくに有名なのが「木落し(きおとし)」と呼ばれる瞬間で、氏子たちが乗ったままの御柱を、傾斜約30度、全長80メートルにも及ぶ坂から一気に滑り落とします。この場面は「命を懸ける神事」とも称され、観衆を魅了します。

御柱は1本あたり約10〜15トンの重さがあり、巨大なV字型の梃子棒「めどてこ」を前後に取り付け、氏子たちはその上に乗って指揮を執ります。迫力ある木落し坂の光景は、諏訪の春の風物詩として広く知られています。

川越し ― 神聖なる清めの儀

山出しのクライマックスには、「川越し」と呼ばれる神聖な儀式が行われます。茅野市中河原の宮川を、冷たい雪解け水の中で御柱を曳きながら渡るもので、神木を清める重要な儀式とされています。厳しい寒さの中、白装束の氏子たちが力を合わせて綱を引く姿は、まさに信仰と絆の象徴です。

里曳き ― 賑やかで華やかな祭り

続いて行われる「里曳き」では、御柱屋敷から諏訪大社の社殿へ御柱を曳いていきます。距離は本宮で約2.5km、前宮で約1.3km。曳行の途中には、花笠踊りや長持ち奴、騎馬行列(お騎馬)などが加わり、華やかな雰囲気に包まれます。地域の子どもや女性も参加し、氏子の誇りと喜びがあふれる時間となります。

御柱の起源と歴史

平安以前にまでさかのぼる信仰

御柱祭の起源は、平安時代以前にまでさかのぼると伝えられています。諏訪大社の祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)は、風・水・農耕・狩猟の神として古来より信仰され、御柱はその神霊を宿す「依代(よりしろ)」とされています。

『古事記』によれば、建御名方神は出雲の国譲りの際に天照大神の使者に抗った勇猛な神であり、その後、諏訪に逃れてこの地を守護する神となったと伝えられます。この神話は、諏訪地方における自然信仰と結びつき、御柱祭の精神的な礎となっています。

中世以降の御柱祭

『諏方大明神画詞』(1356年)には、「寅・申の干支に当社造営あり」との記述があり、平安期の桓武天皇の時代にはすでに式年造営の制度が存在していたことがうかがえます。鎌倉時代には諏訪社が信濃国の中心的存在となり、庄園や豪族たちが御柱造営に奉仕していた記録も残されています。

御柱が象徴するもの

御柱は単なる建築資材ではなく、神聖な意味を持つ象徴的存在です。その起源や意義については諸説ありますが、主なものとして以下のような考え方が伝わります。

こうした信仰は、自然の中に神が宿るとする古代日本のアニミズム的思想と深く関わっています。

御柱を支える人々と地域の絆

氏子の情熱と役割

御柱祭は、諏訪地方の各地区ごとに担当する柱が決められ、地元氏子が総出で参加します。伐採、曳行、建御柱までのすべてが人の手で行われるため、祭りの準備には長い時間と労力がかかります。

各地区では「山造(やまづくり)衆」と呼ばれる奉仕団が中心となり、御柱の伐採を担当します。特に上社では、茅野市玉川の御小屋山での伐採が伝統として受け継がれています。御柱の担当地区は抽選で決まり、地域の誇りをかけた大役として代々受け継がれています。

現代における御柱祭

近年では、安全対策や環境保護の観点から、一部の工程に変更が加えられることもあります。2022年(令和4年)の御柱祭では、新型コロナウイルス感染症の影響により、トレーラーによる運搬が採用され、「木落し」など一部の伝統行事は中止されました。しかし、形が変わっても「神への奉仕」という精神は失われず、氏子たちの心はひとつに保たれています。

まとめ ― 信仰と勇気の結晶

御柱祭は、単なる地域行事ではなく、自然への畏敬、神への感謝、人と人との絆を象徴する壮大な神事です。7年ごとに訪れるこの祭りのために、諏訪の人々は日々準備を重ね、伝統を未来へとつなげています。

巨大な木が曳かれ、地に建てられるその瞬間――そこには千年以上受け継がれてきた「信仰の力」が息づいています。御柱祭は、まさに日本の心と文化の原点を感じることのできる神聖な祭りなのです。

Information

名称
御柱祭
(おんばしらさい)

諏訪・蓼科・八ヶ岳

長野県