五島慶太未来創造館は、長野県小県郡青木村に位置し、東急電鉄の創業者として知られる五島慶太氏の功績と、その精神を後世に伝えることを目的とした展示施設です。
館内は青木村歴史文化資料館や青木村民俗資料館と内部で接続しており、青木村の歴史や文化、そして近代に活躍した人物について包括的に学べる複合文化施設として機能しています。
五島慶太は、現在の青木村殿戸地区にあたる旧殿戸村の出身で、官僚から実業家へと転身し、のちに東急グループの礎を築いた人物です。教育者としての側面や、故郷青木村への深い愛情を持ち続けたことでも知られています。
展示は、慶太の幼少期から鉄道王となるまでの軌跡や、家族との関係、郷土支援、東急グループと東京・渋谷の発展など、さまざまなテーマに分かれており、多面的な五島慶太像が浮かび上がります。
屋内展示には以下のような内容があります:
屋外には、デハ80形電車と東急3000系電車(初代)の車輪を使ったモニュメント「Railhead」も設置されており、鉄道ファンにも注目されています。
かつて五島氏は、殿戸地区に公民館を寄贈したり、長男で東急グループの社長となった五島昇が1981年に「五島慶太翁記念公園」と「頌徳碑」を建設するなど、村とのつながりを深めてきました。
しかし2018年、命日である8月14日に落雷によって生家が焼失するという不運に見舞われました。これをきっかけに、五島氏の功績を後世に伝える施設を新設する構想が本格化しました。東京都市大学の教授による生家の構造データをもとにVRでの復元が実現。建設費用の多くはクラウドファンディングや東急グループ、五島育英会、亜細亜学園などの企業版ふるさと納税の活用によって賄われました。
2010年に開館した青木村歴史文化資料館は、地域の歴史と文化に焦点を当てた資料館で、義民資料展示室、栗林一石路資料展示室、古代遺跡発掘土器展示室から構成されています。
江戸時代から明治時代にかけて、青木村では5度の百姓一揆が発生し、その首謀者たちは「義民」として村人の尊敬を集めています。一揆の経過や義民の資料を、絵巻や石碑、古文書などを通じて紹介しています。また、研究者林基氏の資料を集めた「林基文庫コーナー」も設置されています。
青木村出身の俳人・ジャーナリスト栗林一石路の業績を紹介するコーナーです。自筆の俳句、句集、メモ、日記、また当時の出版物や愛用品も展示されています。研究者には館内での閲覧も可能です。
縄文時代から平安時代にかけての村内の遺跡から出土した土器・石器・勾玉などを展示しています。青木村民俗資料館と渡り廊下でつながっており、連続した文化体験が可能です。
青木村民俗資料館は、1964年東京オリンピック開催時の村の暮らしを再現した資料館で、2013年に開館しました。展示は、農具コーナー、視聴覚コーナー、居間コーナー、運搬コーナーなど多岐にわたり、オート三輪、唐箕(とうみ)、千歯扱き(せんばこき)といった昭和中期の生活道具が紹介されています。
特に注目されるのは、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドから贈られた青い目の人形「シンシア・ウェーン」で、戦前の日米親善を象徴する貴重な資料です。
五島慶太未来創造館とそれに併設する文化施設は、青木村の歴史・人物・文化を多角的に学べる貴重な場所です。五島慶太という偉人の生涯や精神を学びながら、地域の歴史や暮らしに触れることができるこの施設は、観光客はもちろん、地域の未来を担う若者たちにとっても、学びと発見の場となることでしょう。