山清路は、長野県東筑摩郡生坂村に位置する自然豊かな峡谷で、聖山高原県立公園の一部として指定されている名勝地です。信濃川の上流にあたる犀川(さいがわ)沿いに広がるこの渓谷は、まるで巨岩を龍が切り裂いたかのような壮大な景観を誇ります。古くから「泉小太郎伝説」が語り継がれており、太古の昔に龍の背に乗った泉小太郎が岩を砕き、いまの川筋をつくったといわれています。その幻想的な風景と物語性のある歴史から、山清路は長野県でも屈指の観光名所として親しまれています。
犀川は、飛騨山脈(北アルプス)を源流とし、松本盆地を抜けて長野盆地へと流れる雄大な河川です。その途中、生坂村を通過するあたりで、犀川は支流の金熊川(かなくまがわ)と麻績川(おみがわ)を合わせます。この合流地点付近、およそ1キロメートルにわたる区間が、名勝「山清路」として知られています。
山清路の地形は、「麻績累層」と呼ばれる古い地層が犀川の浸食によって削り出されたものです。北には金戸山(かなとこやま)、南には雲根山がそびえ、川の両岸には最大60メートルにおよぶ断崖が立ち並びます。その雄大な姿はまさに自然の芸術であり、春にはヤマツツジやヤマブキ、藤の花が崖を彩り、夏には新緑が谷を包み込みます。秋は紅葉が峡谷を燃やし、冬には雪景色が広がるなど、四季折々に違った美しさを見せる場所です。
明治時代になると、犀川を船で下る「犀川通船」が盛んに行われるようになり、山清路は多くの旅人の目を楽しませました。その絶景は評判を呼び、「川下りの難所でありながら、仙人の住む世界を巡るような美しさ」と称されたといいます。今でもこの地を訪れれば、静けさと荘厳さを併せ持つ峡谷の風景に、昔の旅人たちが感じた感動を追体験することができるでしょう。
「山清路」という名称の由来については諸説あります。一説には、犀川・金熊川・麻績川という三つの川(三川)が交わる地点であることから「三清(さんせい)」と呼ばれるようになったとするものがあります。また、「山清寺」という寺院がかつて存在していたことにちなむとする説も伝えられています。
さらに、郷土史家・仁科宗一郎は、自著『安曇の古代』の中で『仁科濫觴記』の記述を引用し、古代に行われた治水工事(山征=やまゆき)が地名の起源であると説いています。すなわち、洪水の多かった安曇平(安曇野)を救うためにこの地で河川の拡張工事が行われ、その「山征(やまゆき)」が転じて「山清(さんせい)」になったというのです。
山清路には、古代からの治水伝説が伝わっています。『仁科濫觴記』によれば、崇神天皇の御代にその太子・仁品王(にしなおう)が都から現在の大町市に下り、安曇平がたびたび洪水に見舞われるのを憂えて治水を命じたとされます。その指導にあたったのが、海人族の長である白水郎(あまこ)の日光(ひかる)でした。彼の指導のもと工事が行われ、山を削り、川幅を広げたことで洪水は鎮まりました。
この偉業が人々の間で語り継がれ、やがて「泉小太郎が龍の背に乗り岩を砕いた」という壮大な伝説へと昇華したといわれます。仁科宗一郎は、「山清路の難関を切り開いたこの偉業こそ、伝説の源であり、人々の願いと讃えの象徴である」と記しています。現在でも生坂村周辺では、泉小太郎が信州の水を守った英雄として語り継がれ、地域の誇りとなっています。
かつて山清路には、「猿とび岩」「水神釜」「竜神の岩穴」などの奇岩や名勝が点在していました。しかし1957年(昭和32年)、東京電力によって平ダムが完成し、峡谷の下流1キロメートル地点にダム湖が形成されました。その結果、上流約6キロメートルの区間が水没し、かつての峡谷の一部は湖底に沈みました。
『角川日本地名大辞典』には「峡谷の景観は失われたが、山の湖として新たな観光地に生まれ変わった」と記されています。現在では、ダム湖を中心とした静寂な水面と山々のコントラストが美しく、ボート遊びや写真撮影を楽しむ人々の姿も見られます。自然と人工が調和した新しい山清路の風景は、時代を超えて訪れる人々を魅了し続けています。
山清路は交通の便にも恵まれており、国道19号線と長野県道55号(大町麻績インター千曲線)が交差しています。北へ進めば長野市、南へ向かえば安曇野市や松本市、東は麻績村や筑北村、西は大町市へと通じており、ドライブやツーリングの経由地としても人気があります。犀川沿いに車を走らせれば、四季折々に変化する山清路の風景を楽しむことができます。
山清路周辺では、生坂村特産の「山清路巨峰」も見逃せません。かつて盛んだった養蚕業の衰退後、桑畑が果樹園へと転用され、現在ではぶどう栽培が地域の新たな産業として発展しています。標高差のある地形と豊かな日照、清らかな犀川の水が育む巨峰は、香り高く、甘みと酸味のバランスが絶妙です。
春には花々が峡谷を彩り、夏は緑陰が涼を誘い、秋は紅葉が谷を染め、冬には雪化粧した断崖が静寂の世界を作り出します。その自然の移ろいはまるで絵巻物のようであり、訪れるたびに異なる表情を見せてくれます。伝説と歴史、そして自然が融合した山清路は、信州の原風景を今に伝える貴重な場所です。
山清路は、ただの景勝地ではなく、自然と人々の営みが織りなす信州の象徴ともいえる地。訪れる人の心に深い感動と静かな余韻を残す、まさに“龍が眠る峡谷”です。