光輪寺は、長野県東筑摩郡朝日村西洗馬に位置する高野山真言宗の古刹で、山号を青壺山(せいこざん)と称し、本尊には不動明王を祀っています。春には墓所を彩る桜が咲き誇り、秋には紅葉が境内を包み込むなど、四季折々に美しい表情を見せるこの寺は、長い歴史と豊かな文化遺産を今に伝える、朝日村を代表する名刹です。
寺の起源は古く、伝承によると奈良時代に高僧行基菩薩によって開かれた「古薬師」にまで遡るといわれています。その後、平安時代末期の武将木曽義仲が中興の祖として寺の再興に尽力したと伝わります。古薬師は、現在の光輪寺薬師堂の裏手、入村集落の上に存在していたとされますが、明治時代に作成された寺社明細帳には「由緒不詳」と記されており、詳細は未だ謎に包まれています。
鎌倉時代以降になると、この地域を治めた洗馬荘地頭・三村氏の祈願寺として厚く信仰され、地域の信仰と文化の中心として栄えました。江戸時代の元和3年(1617)以降、朝日村一帯は高遠藩の飛び地として統治されており、幕末までその支配が続きました。そのため、松本藩が行った過激な廃仏毀釈の影響を受けることなく、光輪寺には当時の文化財が数多く残されています。
光輪寺の本堂には、村指定有形文化財に指定された不動明王坐像が安置されています。室町時代後期の作で、桂の寄木造り、高さ約1.65メートルの堂々たる姿をしています。不動明王を中心に、脇侍として矜羯羅童子像と制吒迦童子像が祀られ、さらに大日如来像も安置されています。これらの仏像は、当時の信仰の厚さと高度な仏師の技術を今に伝える貴重な存在です。
光輪寺本堂の南側に建つ薬師堂は、宝暦10年(1760年)に建立されたことが棟札から判明しており、長野県宝に指定されています。薬師堂は入母屋造・茅葺きの建物で、桁行5間、梁間4間、正面に1間の向拝を備えています。特筆すべきは、建物の前方2間分が「吹き放し」となっている点で、壁や建具がなく、開放的な構造は全国的にも珍しいものです。
装飾面でも非常に優れており、向拝の頭貫(かしらぬき)や虹梁(こうりょう)には唐獅子や獏(ばく)などの彫刻が施され、中備には力士や獣を象った意匠が見られます。こうした装飾は、江戸時代中期における地方寺院建築の美術的到達点を示しており、当時の職人の技術と信仰心が融合した傑作といえます。
薬師堂の本尊である薬師如来坐像は、一木造りで像高68センチ。鎌倉時代から室町時代初期の作とされ、古い時代の温かみを感じさせる柔らかな表情が特徴です。木割れの補修跡には多くの鎹(かすがい)が打たれ、1683年(天和3年)に修理された旨の墨書が蓮華座に残されています。薬師如来の両脇には日光菩薩・月光菩薩立像が並び、いずれも檜の一木造りで高さ92センチ。鎌倉時代の元亨3年(1323年)に善光寺の仏師・妙海によって制作されたことが墨書から確認されています。これらは県宝にも指定され、信州の仏教美術を代表する作品です。
薬師堂の境内には、西国三十三所・坂東三十三所・秩父三十四所の観音霊場を模した百体観音や、四国八十八カ所、七観音、十三仏、さらには弘法大師像など、200体を超える石仏が点在しています。その多くは元禄時代の作とされ、当時の村人たちの篤い信仰心を今に伝えています。
また、薬師堂の北側には十王堂があり、内部には江戸時代の仏像が安置されています。堂のそばには、かつて中興の祖・木曽義仲が平家追討の祈願として植えたと伝わる桜があり、明治34年(1901年)に枯死した後も二代目の桜が境内を見守り続けています。
光輪寺では、地域住民とともに続けられてきた伝統行事が今も大切に受け継がれています。5月5日・6日には花祭りとして知られる春祭りが行われ、6日には読経が響く大般若会が厳かに執り行われます。さらに大晦日には、古札やお守りを焚き上げるお焚きあげ・祈願会が催され、一年を締めくくる行事として多くの参拝者が訪れます。
光輪寺へは、JR篠ノ井線広丘駅から朝日村営バスA・Dルートを利用し、「薬師前」で下車、徒歩約5分。あるいは、JR中央本線塩尻駅から塩尻市地域振興バス洗馬線に乗車し、「旧原口郵便局前」または「横沢」で下車、徒歩約20分です。旧原口郵便局前からは、村営デマンドタクシーを利用することも可能です(要予約)。
周辺には、地域の守護神を祀る五社神社や、由緒ある古川寺、そして戦国期の山城跡として知られる武居城跡などの史跡もあり、歴史散策にも最適です。四季の彩りとともに、信仰と文化が調和するこの地を歩けば、信州の豊かな歴史と人々の心に触れる旅ができるでしょう。
光輪寺は、華美ではなくとも、長い年月を経て培われた静かな信仰と、地域の人々の祈りに支えられた温もりある寺院です。春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色——季節ごとに姿を変える境内は、訪れるたびに新たな感動を与えてくれます。歴史に触れ、心を鎮める旅の目的地として、朝日村の光輪寺は今も多くの人々を惹きつけてやみません。