乗鞍高原温泉は、長野県松本市安曇(旧信濃国)にある名湯で、北アルプスの最南端に位置する乗鞍岳の山腹から自然に湧き出す温泉を引湯したものです。標高約1,500メートルの雄大な自然の中に広がるこの温泉地は、四季折々の美しい風景とともに、訪れる人々に心身の癒やしを与えてくれます。
この地の温泉は、白濁した乳白色の湯が特徴で、「これぞ温泉」と言われるほど独特の硫黄の香りを放ちます。強い殺菌力を持ち、身体の芯から温める効果があり、新陳代謝を促進してくれるため、湯上がりには体がぽかぽかと温まり、まるで活力が湧いてくるような感覚を得られます。
乗鞍高原温泉の源泉は、乗鞍岳の中腹に位置する湯川源泉です。この源泉は古くから知られており、昭和9年頃には湯の花の採取が行われ、地域の貴重な収入源となっていました。湯の花とは、硫黄を主体とする沈殿物で、春と夏の年2回採取が行われていたと伝えられています。
しかし、源泉付近は硫化水素ガスが発生するため入浴は危険であり、現地での利用は制限されていました。そのため、昭和20年頃から引湯の構想が持ち上がりましたが、山の険しさと泉質の特殊性から実現には至りませんでした。ようやく昭和49年(1974年)から工事が開始され、2年の歳月をかけて1976年に引湯が完成しました。源泉から約7キロ、高低差550メートルという厳しい条件を克服して温泉が高原へと引かれ、乗鞍高原は温泉郷としての発展を遂げたのです。
乗鞍高原温泉には白色と透明の2種類の源泉が存在し、いずれも酸性の硫化水素泉です。源泉温度は約50℃、湧出量は毎分1,500リットルと豊富で、湯は美しい白濁色を呈します。強酸性であるため、細菌類が生息できないほど殺菌力が強く、衛生面でも優れた温泉とされています。
泉質は単純硫黄泉(硫化水素型)であり、疲労回復や冷え性の改善をはじめ、慢性皮膚病、慢性婦人病、糖尿病、高血圧症、動脈硬化症などの症状に効果があるとされています。また、神経痛、関節痛、五十肩、打撲、運動麻痺などにも良いとされ、まさに「万能の湯」と言えるでしょう。
乗鞍高原温泉は、鈴蘭地区から番所地区にかけて広がり、旅館やホテル、ペンションなどおよそ100軒の宿泊施設に温泉が配湯されています。これらを総称して「のりくら温泉郷」と呼び、雄大な自然とともにゆったりと温泉を楽しめる環境が整っています。
中心地にはスキー場「Mt.乗鞍」があり、冬季には多くのスキーヤーで賑わいます。温泉とウィンタースポーツを組み合わせて楽しむことができるのも、この地域の魅力のひとつです。
乗鞍高原温泉のシンボル的存在とも言えるのが、市営の「湯けむり館」です。木のぬくもりを感じる建物内には、広々とした内湯と露天風呂があり、開放感たっぷりの湯浴みを楽しめます。乳白色の湯に浸かりながら眺める北アルプスの山並みは格別で、訪れる人の心を穏やかに癒してくれます。
また、もう一つの市営施設「銀山荘」も人気があり、地元の人々からも観光客からも愛されています。さらに、いくつかのペンションでは日帰り入浴が可能で、気軽に温泉の恵みを堪能できます。夏季には、無料で利用できる露天風呂「せせらぎの湯」も開放され、自然と一体化するような湯浴みを楽しめます。
乗鞍高原温泉の歴史は、太古の時代から人々に知られていたとされています。古くは、温泉地近くで採取される「湯の花」が地域の重要な資源であり、その収入が地域経済を支えていました。硫黄の匂いと共に湧き出す湯は、長年にわたり人々に健康と安らぎをもたらしてきました。
そして、引湯工事の成功によって温泉郷が形成されて以降、旅館やペンションが次々に開業し、現在では松本市を代表する温泉地として多くの観光客を迎えています。2005年からは親しみやすさを重視し、平仮名の「のりくら温泉」の名で広く宣伝されるようになりました。
乗鞍高原温泉へのアクセスは、アルピコ交通上高地線の終点「新島々駅」からアルピコ交通バスを利用し、約50分で到着します。車の場合は、松本市街から国道158号線を経由しておよそ1時間ほど。上高地や白骨温泉と併せて訪れる観光客も多く、信州観光の拠点としても人気の高い温泉地です。
乗鞍高原温泉は、北アルプスの自然美と硫黄泉の力強さが融合した温泉郷です。雪解け水が流れる清流の音、四季折々に変化する山々の彩り、そして乳白色の湯が放つやわらかな湯けむり——。そのすべてが訪れる人の心と体を癒し、日常を忘れさせてくれます。古来より受け継がれる湯の恵みを、ぜひ現地で体感してみてください。