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源智の井戸

(げんち いど)

松本市が誇る名水と歴史

源智の井戸は、長野県松本市中央に位置する歴史ある井戸で、現在は松本市の特別史跡に指定されています。松本市内には多くの湧水や井戸が存在していますが、その中でも源智の井戸は最大の湧出量を誇り、古くから人々に親しまれてきました。毎分約230リットルという豊富な清水が湧き出し、現在でも多くの市民や観光客が訪れ、飲料水や生活用水として利用されています。

歴史と由来

この井戸は、松本城下町が形成される以前からすでに飲用水として利用されていたと伝えられています。城下町が整備されてからは、特に宮村に住む人々に重宝されました。その後、この地に居住していた河辺氏の所有となり、河辺縫殿助源智(かわべぬいのすけげんち)の名を取って「源智の井戸」と呼ばれるようになりました。町名の「源地(源池)」も、この井戸の名に由来しています。

また、江戸時代には歴代の領主が制札を掲げて、この清水を保護しました。井戸の水は日常生活のみならず酒造にも利用され、「当国第一の名水」として多くの人々に知られていました。1843年(天保14年)に刊行された『善光寺道名所図会』にもその名水ぶりが記されており、遠近から人々が訪れたといわれています。

明治天皇と御膳水

1881年(明治13年)、明治天皇が松本を巡幸された際、この源智の井戸の湧水が御膳水として使われました。この出来事により、井戸の名声はいっそう高まり、松本の歴史を語るうえで欠かせない存在となっています。

保存活動と地域の取り組み

源智の井戸は現在も清らかな湧水を保ち続けています。その背景には、地域の人々の努力があります。昭和42年に松本市の特別史跡に指定されて以来、多くの市民有志が保存活動に携わってきました。特に「井戸を守る会」は約30年にわたり、早朝の清掃や環境整備、注連縄の張り替えを行い、井戸の清浄さを守り続けました。

現在は「源智の井戸を守り隊」というボランティア団体が清掃活動を継続しており、地元の高校生も水路の清掃に参加しています。こうした地域ぐるみの取り組みにより、井戸は今も清らかな姿を保ち、多くの人々に安らぎと潤いを提供しています。

「平成の名水百選」に選定

2008年(平成20年)、環境省が選定する「平成の名水百選」に、「まつもと城下町湧水群」が認定されました。その代表的な存在が、この源智の井戸です。松本の街は四方を山々に囲まれ、美ヶ原高原など豊かな自然に育まれた地下水が豊富で、古くから人々の生活や産業を支えてきました。その中で源智の井戸は象徴的な存在とされています。

井戸の魅力と現在の利用

豊かな湧水量と生活への利用

源智の井戸は毎分約200〜230リットルの豊かな水量を誇ります。この水は冷たく澄んでおり、飲用水としてはもちろん、観光で訪れる人々の喉を潤し、また酒造などの産業にも利用されてきました。地元の方々の中には、今でも毎日この井戸に水を汲みに来る方がおり、ポリタンクやペットボトルを持参して水を持ち帰る光景が見られます。

観光スポットとしての人気

松本市を訪れる観光客にとっても、この井戸は立ち寄りたいスポットのひとつです。松本城下町の散策ルートに位置しているため、城を訪れる途中や帰りに井戸へ立ち寄り、その清らかな水を味わう人が後を絶ちません。季節を問わず水の透明度は高く、訪れる人々に自然の恵みと歴史の深さを感じさせてくれます。

周辺の見どころ

源智の井戸の周囲には、松本の歴史や文化を感じられる施設や史跡が点在しています。すぐ隣には曹洞宗の瑞松寺があり、その前身である「宝泉院」は、もともと井戸のあった場所に建てられていたと伝わります。また、近隣には生安寺小路(高砂通り)と呼ばれる小路があり、古き良き城下町の雰囲気を今に伝えています。

まとめ ― 松本の水文化を象徴する井戸

源智の井戸は、単なる生活用水の場を超え、松本市の歴史と文化を象徴する存在です。城下町成立以前から人々に利用され、歴代の領主によって守られてきた清らかな水は、今も絶え間なく湧き出ています。市民や観光客にとって心の拠り所であり、松本を訪れる際にはぜひ立ち寄っていただきたいスポットです。

清らかな水を味わいながら、地域の人々によって守られてきた井戸の歴史を思い起こすことで、松本の水文化の豊かさを実感できることでしょう。

Information

名称
源智の井戸
(げんち いど)

松本・上高地・塩尻

長野県