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美鈴湖

(みすずこ)

歴史と自然が調和する松本の高原湖

美鈴湖は、長野県松本市(旧東筑摩郡本郷村)に位置する、標高およそ1000メートルの高原に広がる静かな湖です。松本市街地からもアクセスが良く、浅間温泉街から車でわずか数キロメートルという場所にありながら、四季折々の美しい自然と澄んだ空気に包まれた癒しのスポットとして多くの人々に親しまれています。

この湖は、古くから農業用水を確保するための人造湖として築かれたものであり、現在では釣りやハイキング、キャンプなど、観光やレジャーの場としても人気を集めています。

美鈴湖の楽しみ方

美鈴湖周辺は観光地として整備されており、松本市民や観光客にとって憩いの場として親しまれています。湖を一周する遊歩道(内回り約2km、外回り約4km)は、ゆったりと自然を満喫できる散策コースとして人気です。湖面に映る山々の姿や、水面を渡る風の音は、訪れる人々の心を穏やかにしてくれます。

特に秋の紅葉シーズンには、湖畔の木々が赤や黄に染まり、美しいコントラストを描き出します。写真愛好家たちにも人気のスポットで、毎年多くの観光客が訪れます。また、キャンプ場やバーベキュー場、釣り場、マレットゴルフ場、ホテルなどの施設が整い、家族連れやアウトドア愛好者に親しまれています。

釣りとレジャー

美鈴湖は釣りの名所としても知られています。湖にはヘラブナやコイ、ワカサギ、ブラックバスなどが生息しており、季節ごとに異なる釣りを楽しむことができます。特に冬のワカサギ釣りは人気が高く、氷上での釣り体験を求めて多くの釣り人が訪れます。
また、湖周辺にはキャンプ場バーベキュー場、マレットゴルフ場なども整備されており、家族連れやグループでのレジャーにも最適です。

スポーツとイベント

浅間温泉から美鈴湖へと続く道路は急勾配が続くため、毎年6月末には自転車レース「ツール・ド・美ヶ原高原自転車レース大会」が開催されます。全国から多くのサイクリストが集まり、標高差を駆け上がる熱い戦いが繰り広げられます。
かつて湖近くには「浅間温泉国際スケートセンター」があり、国際大会も開催されていました。現在は「美鈴湖自転車競技場」として新たな役割を担い、地域スポーツの拠点となっています。

歴史 ― 芦の田池から美鈴湖へ

美鈴湖の歴史は非常に古く、その起源は安土桃山時代の1597年(慶長2年)にまでさかのぼります。当時、信濃国松本藩によって「芦の田池(あしのたいけ)」という名のため池が築かれ、農業の灌漑用水として地域の発展に大きく貢献しました。
その後も幾度となく改修が行われ、1643年(寛永20年)、1698年(元禄11年)には増築工事が実施され、地域の水需要を支える重要な水源として発展を続けました。

しかし、時代が進むにつれ水需要が増加し、周辺の農村では慢性的な水不足が発生。水をめぐる争いが絶えない状況となり、池の拡張は地域の悲願となりました。
そして1929年(昭和4年)、農業生産量の拡大を目的に大規模な改修構想が立ち上がります。特に1939年(昭和14年)の大干ばつは、この事業を本格的に推進するきっかけとなりました。

昭和の大改修と完成

この構想を受け、長野県は県営事業として調査・測量・設計を実施。1941年(昭和16年)には農林省から正式な許可が下り、1943年(昭和18年)1月24日に本郷国民学校で起工式が行われました。
しかし、時は第二次世界大戦の真っただ中。人手や資材の不足により工事は度々中断を余儀なくされ、完成までには長い年月を要しました。戦後も工事は継続され、ついに1951年(昭和26年)3月、待望の新しい湖が完成します。
同年3月24日には盛大な竣工式が行われ、林長野県知事(当時)をはじめ、600名を超える関係者が完成を祝いました。この大改修工事には総工費2,566万円が投じられ、地域に長く続いた水争いにようやく終止符が打たれたのです。

「美鈴湖」としての新しい歩み

かつての「芦の田池」が「美鈴湖」と改称されたのは、1953年(昭和28年)のことです。
その由来については諸説あり、「湖の形が鈴に似ているから」という説のほか、信濃国に伝わる枕詞「美篶(みすず)かる」にちなむという説もあります。どちらの説にせよ、美しい響きを持つ「美鈴湖」という名は、自然豊かな松本の風景にふさわしい名として今も多くの人々に愛されています。

自然と水の流れ ― 三才山から日本海へ

美鈴湖は、三才山から流れ出る水を源としています。湖を出た水は女鳥羽川(めとばがわ)として松本市街を流れ、さらに田川・奈良井川・犀川・千曲川を経て、新潟県に入ると信濃川の名に変わり、やがて日本海へと注ぎます。
この長大な流れは、信州の豊かな自然と人々の暮らしを潤し続けており、美鈴湖が地域の水系の中で果たす役割の大きさを物語っています。

番場池 ― 美鈴湖と共に歩むもうひとつの湖

美鈴湖のすぐ西隣には、番場池(ばんばいけ)というもう一つの池が広がっています。これは1819年(文政2年)に地元の村人たちによって築かれたため池で、1846年(弘化3年)には1万3千人を動員して増築が行われました。
昭和期の美鈴湖大改修の際、地域間での合意条件として貯水規模が縮小されたことから、その分を補うため1943年(昭和18年)に番場池も拡張され、美鈴湖と水路で結ばれることになりました。現在も両湖は地域の水資源として重要な役割を果たしています。

まとめ

美鈴湖は、松本の豊かな自然と長い歴史が調和する場所です。安土桃山時代に築かれ、幾度もの改修を経て現在の姿へと生まれ変わった湖は、今もなお地域の暮らしを支え、訪れる人々に安らぎを与えています。
四季折々の美しい風景、釣りやレジャーの楽しみ、そして歴史の重みを感じられる静かな時間——美鈴湖は、まさに信州松本の心のオアシスといえるでしょう。

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名称
美鈴湖
(みすずこ)

松本・上高地・塩尻

長野県