馬場家住宅は、長野県松本市内田に位置する江戸時代の代表的な民家であり、現在は松本市立博物館の分館として一般公開されています。平成8年(1996年)に国の重要文化財に指定され、往時の姿を色濃く残す貴重な建築物として、多くの人々に親しまれています。周囲の景観や佇まいも含め、歴史・文化を五感で感じられる空間となっています。
馬場家の伝承によると、先祖は戦国大名・武田信玄の家臣である馬場美濃守信春の縁者とされ、天正10年(1582年)の武田氏滅亡を機にこの地を開発し、住宅の前身を築いたと伝わっています。江戸時代には広大な田畑を所有し、農業を営む一方で、当地を治める諏訪高島藩主と親密な関係を築いていました。そのため、地域の中でも特別な地位を持ち、格式高い家柄として知られていました。
屋号は「古屋敷」と呼ばれ、西側には表門と長屋、さらに塀を備え、北面や東面には土塁を築いて防御を固めていました。屋敷の中心には主屋が構えられ、その周囲に中門、文庫蔵、奥蔵、隠居屋、茶室、旧馬屋などの建物が配置されています。このような屋敷構えが現在までほぼ完全な形で残されている点が大きな特徴です。
主屋は嘉永4年(1851年)に建てられたもので、「本棟造り(ほんむねづくり)」と呼ばれる長野県西南部特有の建築様式を採用しています。切妻造りの屋根の正面には「雀おどし」と呼ばれる棟飾りが設けられ、松本平一帯の民家建築を代表する意匠となっています。規模は間口九間(約18.8メートル)、奥行七間(約16.4メートル)に及び、玄関、座敷、イリカワと呼ばれる縁側など、接客空間を充実させた造りは、家格の高さを示すものです。
安政6年(1859年)に建てられた中門は、藩主の来訪を想定して造られた特別な門で、通常は閉ざされたままでした。藩主のみが通ることを許され、坪庭を抜けて主屋に入る動線が設計されています。現在、この中門は年に2回、松本市制記念日(5月1日)と松本市博物館の日(9月21日)にのみ特別公開されており、往時の格式を体感できる貴重な機会となっています。
弘化2年(1845年)に建てられた文庫蔵は、当初は文書や家財を収蔵するための建物でした。現在は、馬場家に伝わる歴史的資料や生活用具が展示されており、当家が地域で果たした役割を知ることができます。笠や裃などの展示品からも、馬場家が藩主と親密であったことがうかがえます。
特に注目されるのは、馬場家第15代当主である馬場称徳(しょうとく)氏に関する資料です。称徳氏は1882年に馬場家住宅で生まれ、外交官としてメキシコに派遣されました。革命の混乱の中で日本人捕虜を救出し、900人以上の移民を保護した功績は大きく、後に小説「天皇の密使」のモデルにもなりました。地域の歴史だけでなく、国際社会での活躍を知ることができる点も、馬場家住宅の魅力の一つです。
敷地内には、馬場家の屋敷神である古屋敷稲荷大明神を祀る祝殿(いわいでん)があります。その背後には松本市特別天然記念物に指定された樹齢約800年を誇る大ケヤキがそびえ立ち、訪れる人々に悠久の時を感じさせてくれます。春には畑に菜の花が咲き、条件が整えばその向こうに北アルプスの雄大な景観を望むこともできます。
馬場家住宅は、平成8年に国の重要文化財に指定されました。主屋、表門と左右の長屋、中門、文庫蔵、隠居屋、奥蔵などが対象となり、屋敷全体の構成や景観を含めて評価されています。これにより、西側の畑や周囲の自然環境も文化財の範囲に含まれています。
平成4年(1992年)、馬場家第16代当主が屋敷地の半分と主要建物群を松本市に寄贈しました。その後、修復工事を経て平成9年(1997年)に博物館として開館し、一般公開が始まりました。現在は主屋や文庫蔵、門長屋、旧馬屋などを自由に見学することができ、当時の暮らしや格式を体験することが可能です。
馬場家住宅へは、JR松本駅から松本電鉄バス内田線倉村行き(平日のみ運行)で約25分、「馬場家住宅東」バス停で下車後すぐです。寿台線や松原線の利用では「寿台東口」バス停から徒歩約20分となります。また、JR村井駅からはタクシーで約10分とアクセスも比較的便利です。
馬場家住宅は、江戸時代の格式ある民家建築をそのまま残すとともに、馬場家の歴史や文化、そして国際的な功績を伝える場所です。静かな古民家でゆったりとした時間を過ごしながら、往時の暮らしや地域社会における役割を体感することができます。歴史と自然の調和した空間で、訪れる人々に深い感動を与えてくれる貴重な文化財といえるでしょう。