松本市旧司祭館は、長野県松本市に現存する明治時代の貴重な西洋館であり、県内に残る最古の洋風建築物として知られています。この建物は、カトリック教会の宣教師たちの住居として利用された歴史を持ち、現在は松本市立博物館の分館として一般公開されています。歴史的価値の高さから、1994年には松本市重要文化財に指定され、さらに2005年には長野県宝の指定を受けました。
旧司祭館は、フランス人神父オーギュスタン・クレマンによって、1889年(明治22年)に建設されました。建設地は松本城三の丸の武家屋敷跡「地蔵清水」で、当時は松本カトリック教会の宣教師用住居として利用されていました。クレマン神父は明治10年代後半に布教のため松本に滞在し、定住の拠点として教会と住居の整備を進めました。設計は神父自身が行い、施工は地元の大工によって担われました。洋風の意匠を取り入れながらも、地域の職人たちの手によって建てられたことが、この建物の大きな特徴といえます。
建物は100年近くにわたり宣教師の住居として使用されましたが、1989年(平成元年)、松本城北側の街路拡幅事業にともない移築が必要となりました。市教育委員会はその歴史的価値を重視し、松本カトリック教会から建物を寄贈されるかたちで保存事業を進めました。解体は1990年に行われ、翌年には旧開智学校校舎の西隣に移築・復元され、現在の姿に至ります。この事業は市民や民間の寄附も活用して実施されたことから、市民の協力によって守られた文化財でもあります。
旧司祭館は、アーリー・アメリカン様式を取り入れた洋風住宅で、外観は下見板張りで仕上げられています。建物は左右対称の二階建てで、各部屋には暖炉が設置され、冬の厳しい寒さにも対応できる造りとなっています。窓は縦長で観音開きの鎧戸が付いており、基礎にはイギリス積みレンガが用いられています。また、地下にはワイン貯蔵庫も備えられており、当時の西洋館らしい実用性を感じさせます。
特に特徴的なのが北側のベランダです。建設当時、この方向には旧三の丸の土塁を越え、美しい林や家並みが広がっていました。そのため、ベランダは景観を楽しむための場所として設けられたと伝わります。デッキチェアに腰掛けてくつろぐクレマン神父の姿を思い描くと、当時の情景が鮮やかによみがえります。
この建物には、もう一つ大きな歴史的意義があります。フランス人神父ギュスターブ・セスランが明治34年(1901年)から約27年にわたり、この場所で日本初の本格的な和仏辞典『和仏大辞典』の編纂を始めたのです。日本とフランスの文化交流の拠点としての役割も果たしたことから、単なる住居を超えた学術的価値も持っています。
現在、旧司祭館は一般公開され、訪れる人々に松本の近代化と異文化交流の歴史を伝えています。館内に足を踏み入れると、明治時代の西洋文化の香りと、日本の伝統的な建築技術が融合した独特の空間を体感できます。松本城や旧開智学校とあわせて見学すれば、城下町松本の歴史をより深く理解できるでしょう。
松本市旧司祭館は、明治期の日本における西洋建築の導入と、その後の保存活動を象徴する貴重な文化財です。クレマン神父の熱意、地元大工の技術、市民の協力による保存活動、そしてセスラン神父による学術的業績――それらが一体となって、今もなお訪れる人々に当時の姿を伝えています。松本を訪れる際には、松本城や旧開智学校とあわせて、この洋館を巡ることで、異文化が交錯した歴史の一端を感じていただけることでしょう。