浅間温泉は、長野県松本市の北東部に位置し、古くから「松本の奥座敷」と呼ばれる由緒ある温泉地です。城下町・松本の中心部から車でおよそ10分という近さにありながら、山あいの静けさと温泉情緒に包まれたこの地は、多くの人々に愛され続けています。
浅間温泉の開湯はおよそ1000年前、天慶2年(939年)にまでさかのぼります。地元の豪族・犬飼氏が温泉を発見したことに由来し、「犬飼の御湯」と称されました。その湯は古くから人々の疲れを癒し、病を治す霊泉として尊ばれたと伝えられています。
江戸時代の慶長年間には松本藩主・石川氏が別邸を設け、藩の保養地として温泉を利用しました。藩主専用の湯「御殿湯」は現在の枇杷の湯にあたり、藩士たちのための「御組の湯」「柳の湯」「御用馬の湯」なども設けられていました。『善光寺街道名所絵図』には、旅人が湯に浸かり旅の疲れを癒す様子が描かれており、当時から湯治場として多くの人で賑わっていたことがうかがえます。
明治時代には浅間温泉が再び脚光を浴び、閑院宮や久邇宮などの宮家、そして若山牧水・与謝野晶子・徳田秋声といった文人たちが訪れました。その静かな環境と柔らかな湯質は、創作や心の休息にふさわしい地として愛されたのです。
一方で、太平洋戦争末期には特攻隊員の待機所が置かれるなど、時代の波に翻弄された歴史もあります。戦後は温泉観光地として再び復興し、現在に至るまでその伝統を守り続けています。
浅間温泉の温泉街は、約30軒の旅館と、2軒の日帰り入浴施設(「枇杷の湯」「ホットプラザ浅間」)を中心に広がります。さらに「仙気の湯」「港の湯」「倉下の湯」などの共同浴場も点在し、地元住民の生活に密着した湯文化が今も息づいています。
また、2020年には温泉街の活性化を目的として新会社「WAKUWAKU浅間温泉」が設立され、老舗旅館のリノベーションや泊食分離スタイルの導入など、時代に合わせた新しい取り組みが進められています。古き良き温泉街の情緒と、現代的な快適さが調和する姿は、訪れる人々に心地よい驚きを与えています。
坂道のある町並みには、レトロな建物や情緒あるカフェが点在し、散策を楽しみながら立ち寄れるお店も増えています。季節ごとに変わる街の風景と、温泉街特有の穏やかな空気が、訪れる人々をやさしく包み込みます。
浅間温泉の泉質はアルカリ性単純温泉で、源泉温度は42~52.3度。第1号源泉から鷹の湯源泉まで7か所が使用されています。基本的に無色無臭ですが、第1号源泉のみほのかな硫黄の香りが漂います。肌にやさしい湯は疲労回復や神経痛、筋肉痛に効果があるとされ、湯上がりの肌はしっとりと滑らかになると評判です。
かつて存在した「松の湯源泉」は昭和29年ごろに枯渇しましたが、今も温泉街の南東の山林内には未利用の源泉が自噴しており、この地が豊かな温泉資源に恵まれていることを物語っています。
浅間温泉の守護神である「御射神社」では、毎年秋に「たいまつ祭り(松明祭り)」が開催されます。この祭りは、山中の奥宮に鎮座する神を松明の火で送り出す荘厳な行事で、50本以上の麦藁松明を担いだ男たちが火焔太鼓の音とともに温泉街を練り歩きます。最後には松明を放り投げ、炎が夜空を焦がす幻想的な光景が広がります。
この火祭りは日本三大奇祭のひとつに数えられることもあり、観光客も飛び入りで参加できるのが魅力です。地域の伝統と観光が一体となったこの祭りは、浅間温泉の象徴的な文化行事として知られています。
御射神社は、三才山山中にある奥宮(秋宮)と、浅間温泉にある春宮(浅間の宮)の二社で構成されています。古くは山ノ神を祀る社として始まり、後に諏訪大社と同じ祭神、建御名方命・八坂刀売命・事代主命を祀るようになりました。狩猟や農耕を司る神として、古くから地域の人々に篤く信仰されています。
春宮のすぐ下には別当寺「神宮寺」が建てられ、神仏習合の時代の名残を今に伝えています。温泉と信仰が共に発展してきた歴史を感じる場所でもあります。
浅間温泉から車で10分の松本市街には、国宝・松本城や旧開智学校校舎などの歴史的建造物があり、城下町の町割りも当時の面影を残しています。街歩きでは、民芸活動や水辺の風景を感じながら、文化と自然が融合した松本の魅力を体感できます。
浅間温泉を拠点に、四季折々の松本を訪ねる旅は、まさに心を癒す時間です。春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色――そのどれもが温泉の湯とともに、旅の思い出をより深いものにしてくれます。
公共交通機関では、JR松本駅お城口バスのりばからアルピコ交通(松本電鉄バス)の「浅間線」(信州大学前経由)または「新浅間線」(横田経由)で約25分。ほかにも「信大横田循環線」「横田信大循環線」があり、浅間温泉入口まで約20分で到着します。駅から近くアクセスが良いため、観光客にも利用しやすい路線です。
自家用車の場合は、長野自動車道松本ICから国道143号経由で約20分。ただし、松本市内は混雑することが多いため、梓川スマートICから松本トンネルを抜けるルートが推奨されています。2020年に無料化されたこのトンネルにより、アクセスは一段と便利になりました。
浅間温泉は、千年を超える歴史と文化を受け継ぐ松本の誇りです。古くから人々を癒してきた名湯は、今も変わらず透明で柔らかな湯を湧かせ続けています。歴史ある街並み、活気ある祭り、文人が愛した情緒ある風景――そのすべてが調和する浅間温泉は、訪れるたびに新しい魅力を見せてくれる、心温まる温泉郷です。