常念岳は、長野県松本市と安曇野市にまたがる標高2,857メートルの名峰であり、飛騨山脈(北アルプス)南部の常念山脈の主峰として知られています。その堂々としたピラミッド型の山容は、安曇野の平野からひときわ美しくそびえ立ち、「安曇野のシンボル」として地元の人々に深く愛されています。日本百名山にも数えられるこの山は、雄大な自然と歴史的な伝承が息づく魅力あふれる存在です。
安曇野の平野から眺める常念岳は、特にその姿が美しいことで有名です。南側の豊科方面から見ると、前常念岳の峰が重なり、まるで完璧な三角形のように整った山の姿が現れます。穂高岳や槍ヶ岳といった名だたる名峰群の前に立つ常念山脈の中心として、季節や時間帯によってさまざまな表情を見せてくれます。朝日に照らされる姿は荘厳で、夕暮れ時の紅色に染まる山肌は言葉にできないほどの美しさです。
また、常念岳の北側は花崗岩質で、南側の古生層と大きく異なる地質構造をもっています。この地層の違いは、地質学的にも非常に興味深い特徴です。山頂部には白い花崗岩の岩塊が積み重なり、まるで自然がつくり上げた巨大な彫刻のように風雪に耐えています。
常念岳の名には、古くから多くの伝説が残されています。中でも有名なのが、春先に前常念岳の斜面に現れる「常念坊(じょうねんぼう)の雪形」です。これは、とっくりを手にした坊さんのような形をした雪形で、安曇野の人々はこれを見て田植えの時期を知ったといわれています。地域の人々にとって、常念坊は自然の暦であり、暮らしに密接に結びついた存在でした。
また、伝説によれば、坂上田村麻呂がこの地で「八面大王」という鬼を討伐した際、その家臣であった常念坊が山に逃げ込んだことが山名の由来とされる説もあります。さらに、英国人登山家ウォルター・ウェストンが1894年に登頂した際、地元の案内人から「山の頂から念仏の声が聞こえた」という話を聞き、「常に念仏を唱える山」として「常念岳」と名付けられたとも伝えられています。
常念岳は古くから多くの登山家に親しまれてきました。1894年にイギリスのウォルター・ウェストンが外国人として初めて登頂した記録が残っており、その後、日本の登山界の先駆者たちもこの山を訪れています。1906年には小島烏水が登頂し、その紀行文『信州常念岳』を通じて多くの人々にこの山の魅力を伝えました。
1919年には「常念小屋」が開業し、北アルプスでも白馬山荘、槍沢ロッジに次ぐ歴史ある山小屋として、多くの登山者を支えてきました。夏季には信州大学医学部の夏山診療所が開設されることもあり、安全な登山活動が続けられています。
標高2,400メートルを超える上部は森林限界を越え、ライチョウやカモシカ、ツキノワグマなどの動物たちが生息しています。また、田淵行男をはじめとする自然研究家たちによって多くの高山蝶が記録され、特にタカネヒカゲは長野県の天然記念物にも指定されています。
山肌にはチングルマ、イワギキョウ、コマクサなどの高山植物が咲き誇り、夏には一面が花畑のような景観となります。四季を通じて、自然の生命力を感じられるのが常念岳の大きな魅力です。
常念岳には複数の登山ルートが整備されています。東の安曇野側からは「一ノ沢登山口」「中房登山口」「三股登山口」がよく利用されます。中でも一ノ沢ルートは最もポピュラーで、ヒエ平からスタートし、王滝ベンチや胸突八丁を経て常念小屋に至るルートは、標高差はあるものの自然豊かで歩きやすく、学校登山にも選ばれています。
また、上高地側からは徳沢や横尾を経て蝶ヶ岳を越えるルートも人気です。常念小屋からは、槍ヶ岳や穂高連峰を一望でき、晴れた日には西に沈む夕日が山々を赤く染める「モルゲンロート」の光景を楽しむことができます。
常念岳は、槍ヶ岳から派生する常念山脈の中央に位置しており、山頂からは安曇野の田園風景、浅間山、そして遠く日本海方向まで見渡せる絶景が広がります。特に、山頂北側の常念乗越からは、槍ヶ岳の美しい姿を東鎌尾根越しに眺めることができ、写真愛好家にも人気のスポットです。
最寄り駅はJR大糸線の穂高駅で、登山口へはバスまたはタクシーを利用します。車の場合は、長野自動車道の安曇野ICから一ノ沢登山口まで約40分ほど。松本空港からもアクセス可能で、登山だけでなく観光拠点としても便利な立地です。
常念岳は、安曇野の風景に欠かせない存在であり、歴史・自然・信仰が調和した特別な山です。山頂からの壮大な展望、四季折々の高山植物、そして伝説に彩られた文化的背景は、多くの登山者や旅人を魅了し続けています。安曇野の大地から見上げるその姿は、訪れる人々に静かな感動と自然への敬意を呼び起こすことでしょう。