天竜峡は、長野県飯田市にある天竜川沿いの壮大な峡谷で、国の名勝に指定されています。また、「天竜奥三河国定公園」の一部でもあり、自然と文化の調和した景勝地として多くの観光客を魅了しています。
古くから「暴れ川」として知られる天竜川が長い年月をかけて切り開いた断崖絶壁の景観は圧巻で、春の新緑、秋の紅葉、冬の静寂など、四季折々に異なる表情を見せる美しさがあります。
天竜峡は、天竜川の浸食によって生まれた南北約2kmに及ぶ渓谷です。白い花崗岩の断崖にアカマツやモミジ、サクラなどの木々が彩りを添え、川下り舟が行き交う光景はまるで水墨画のようです。
遊歩道を歩けば、谷を吹き抜ける風や鳥のさえずりを感じながら、四季の峡谷美を間近に堪能することができます。また、峡谷には温泉地として知られる天竜峡温泉もあり、旅の疲れを癒すことができます。
天竜峡の名は江戸時代後期、弘化4年(1847年)に儒学者阪谷朗廬(さかたにろうろ)によって命名されました。彼はこの地を訪れ、天竜川の激流と断崖が織りなす壮大な景観を称賛し、峡谷を流れる天竜川の名をとって「天竜峡」と名付けました。
阪谷はその美を詩文『遊天竜峡記』に記し、この作品が天竜峡を世に広めるきっかけとなりました。
天竜峡の魅力のひとつに、「天竜峡十勝(じっしょう)」と呼ばれる十の奇岩・名所があります。これらは、明治時代の書聖・日下部鳴鶴(くさかべめいかく)がそれぞれの岩や淵の姿を漢詩になぞらえて命名したもので、岩肌にはその詩に由来する名称が刻まれています。
たとえば、峡谷を代表する巨岩「龍角峯(りゅうかくほう)」は、谷底から垂直にそびえ立つ姿が龍の角のようで、天竜峡の象徴的存在です。そのほかにも「烏帽石(うぼうせき)」「仙牀磐(せんじょうばん)」「樵廡洞(しょうぶどう)」など、個性的な岩々が峡谷美を彩ります。
春になると、峡谷沿いにツツジや桜が咲き誇り、岩肌をやさしい色合いで包みます。とりわけ天竜峡第一公園周辺ではユキヤナギやヒガンザクラが咲き揃い、川面に花びらが舞う様子は実に風情があります。
夏は深緑に包まれ、川下り舟の水しぶきが心地よい季節です。切り立った岩壁と青い水流、そして川面を渡る涼風が訪れる人々を癒します。つつじ橋付近から見上げる峡谷は、まるで空を切り取ったような迫力があります。
秋には、峡谷全体が赤や黄色に染まり、まさに錦絵のような美しさを見せます。11月中旬が紅葉の見頃で、龍角峯頂上からの眺めは格別です。遊歩道の「お藤山」から見渡す紅葉も人気のスポットです。
冬は木々の葉が落ち、奇岩と松の姿が一層際立ちます。時折の降雪によって峡谷が白く染まると、まるで墨絵のような世界が広がります。冬の川下り舟には「こたつ舟」が登場し、寒さを忘れて幻想的な風景を楽しめます。
天竜峡観光といえば、何といっても川下り舟です。明治時代から続く伝統ある川下りは、川面から見上げる断崖の迫力を間近に感じられる体験として人気があります。
舟からは十勝をはじめ、崖にしか育たない植物や奇岩、清流の煌めきを眺めることができ、スリルと感動の両方を味わえます。操船技術は飯田市の無形文化財にも指定されており、熟練の船頭による巧みな技も見どころのひとつです。
もう一つの楽しみ方は、峡谷を歩いて巡る遊歩道散策です。天竜峡には、北の「姑射橋」、中央の「つつじ橋」、南の「そらさんぽ天竜峡」を結ぶ遊歩道が整備され、峡谷全体を「8の字」に巡ることができます。
のんびりと歩けば約130分で一周。途中には「龍角峯展望台」や「天竜峡碑」、「お藤山」などの見どころが点在しています。特に「そらさんぽ天竜峡」は、2019年に開通した三遠南信自動車道天竜峡大橋の下に設けられた遊歩道で、高さ80mから峡谷を見下ろす絶景が楽しめます。
春先にはヒガンザクラやソメイヨシノ、カスミザクラなどが咲き誇り、初夏にはツツジやユキヤナギが清流を背景に美しく咲きます。秋にはモミジが燃えるように色づき、冬の静けさの中では松の緑が際立ちます。
こうした豊かな植生は、天竜川の恵みと気候の穏やかさが育んだものであり、訪れるたびに違った感動を与えてくれます。
峡谷内には天竜峡温泉があり、断崖の上から天竜川を望む絶景露天風呂が人気です。宿泊施設や食事処も充実しており、地元の食材を使った郷土料理を味わうことができます。
また、「よって館天竜峡」では、天竜峡の歴史や地形、文学に関する展示があり、散策前の立ち寄りにも最適です。
天竜峡は、自然の造形美と人の文化が見事に調和した信州南部の代表的な景勝地です。
春は花、夏は清流、秋は紅葉、冬は静寂と、それぞれに違った魅力を見せる天竜峡。川下り舟や遊歩道散策を通して、天竜川が生み出した大自然の芸術を五感で楽しむことができます。
ぜひ、四季折々に訪れ、その壮大な自然美と悠久の時を感じてみてください。