天龍村の霜月神楽は、長野県下伊那郡天龍村に古くから伝わる民俗芸能で、旧暦11月(霜月)に神々へ収穫の感謝と新たな年の安寧を祈るために行われる湯立神楽です。向方お潔め祭り、坂部の冬祭り、大河内の池大神社例祭の3つの祭りを総称しており、1978年には「天竜村の霜月神楽」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。
天龍村の霜月神楽は、天竜川を挟んで広がる三遠信地域に見られる湯立神楽の一大分布圏に属し、特に古い形態を残す祭礼として知られています。阿南町新野の神楽、愛知県奥三河の花祭り、静岡県水窪町の神楽などと深い関係を持ち、神々の降臨と再生を祈る儀礼が一夜を通して厳粛に行われます。
この地域の湯立神楽には「神子(かみこ)」と呼ばれる祭祀者が存在し、一生を通して神に奉仕する姿勢が重視されてきました。また、一年の例祭とは別に、願いが成就した時などに行う「お潔め祭り」などの臨時祭があったことも大きな特徴です。
向方お潔め祭りは、向方地区の天照皇大神宮で行われる湯立神楽です。祭りの朝、氏子たちは川で禊を行い、夕刻から長い夜の神楽が始まります。最初に「順(ずん)の舞」が舞われ、続いて持ち物を八度替える「花のようとめ舞」が披露され、祭りの雰囲気は一気に厳かさと高揚が増します。
湯立は6回ほど行われ、それぞれに「湯囃子の舞」があり、舞堂に熱気が満ちていきます。「よなふねこぎ」では、舞堂の注連縄を焼き清め、さらに湯立てに使った火を掻き出してその上で再び舞うという勇壮な儀礼も見られます。
祭りの終盤には「数の湯」が行われ、村人全員が湯釜を囲み、新年の幸福と無病息災を祈って祈願の歌を唱えながら湯を立てます。地域の結束と信仰の深さを感じられる儀式です。
坂部の冬祭りは、大森山諏訪神社で行われる霜月神楽で、天龍村の祭りの中でも特に多彩な舞と面形(おもがた)を用いることで知られています。神に願をかけられ、13歳で「生まれ変わりの式」を迎えた子どもが神子(かみこ)として奉仕する伝統が続いています。
祭りは夕暮れの禊から始まり、下の森から上の森への練り歩き、神前での祭典と続きます。白衣に花笠、鈴を携えた少年4人が囃子に合わせて舞う「花の舞」は約2時間続き、神聖な空気に包まれたまま夜が更けていきます。
「本舞」や5度の「湯立」を経て、いよいよ「面形の舞」が始まります。「たいきり面」が火の粉を散らし観客を沸かせ、「獅子舞」「天公鬼面」「小公鬼面」などが次々に舞台に登場し、祭りは最高潮へ。「水王様」が湯を振りかけて無病息災を祈り、「火王様」が場を鎮める儀礼も圧巻です。
大河内の池大神社例祭は、向方と同様に面形を用いない湯立神楽です。かつては臨時祭の「うち祭り」に対して「もり祭り」とも呼ばれ、厳かな雰囲気の中で湯立と舞が繰り返されます。
向方とは歴史的に深い関係がありながらも、三河地方との交流によって独自の変化を遂げてきたとされます。最後に行われる「鎮めの舞」には、大河内の舞の要素が全て含まれていると言われ、祭りの締めを飾るにふさわしい重厚な儀礼です。
天龍村の霜月神楽は、一夜を徹して舞や湯立が続く壮大な神事であり、美しい所作と祈りの心を今日まで伝え続けてきました。宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』に影響を与えたともいわれ、全国的な注目を集める民俗文化です。
冬の静けさに包まれた天龍村で繰り広げられる霜月神楽は、訪れる人に古からの祈りと暮らしの息づかいを感じさせてくれる貴重な文化遺産です。神々と人々が交わる夜、天龍村ならではの深い信仰の世界が広がっています。