おたぐりとは、長野県南部・伊那谷地方に古くから伝わる郷土料理で、馬の腸(もつ)をじっくりと煮込んだ料理です。伊那市や飯田市を中心に親しまれており、地元では家庭の味としてだけでなく、居酒屋や定食屋などでも広く提供されています。独特の風味が特徴で、酒の肴としても人気があります。
「おたぐり」という名は、腸を洗う際に“たぐり寄せる”動作から生まれたとされています。馬の腸は20〜30メートルにもなるといわれ、その内容物を取り除いた後、塩水で丁寧に洗い、長時間煮込むことで柔らかく仕上がります。調理には約4〜5時間を要し、家庭によっては味噌や塩、醤油など、味付けに個性が現れるのも魅力のひとつです。
伊那谷は古くから馬の産地として知られ、かつては大和朝廷へ馬を献上していたと伝えられています。江戸時代には三州街道を通じて馬による物流が盛んで、馬の飼育も広く行われていました。こうした背景の中で、馬肉や内臓を余すことなく食す文化が発展し、現在に至るまで受け継がれています。
おたぐりの起源は明治時代後半にさかのぼります。当時、伊那谷では馬の内臓を食用にする習慣が生まれ、大正時代に入ると飯田市松尾の肉屋が煮込み料理として販売したのが始まりといわれます。発売当初は「馬の煮付け」と呼ばれていましたが、その後「おたぐり」として定着しました。肉の煮込み料理として手頃な価格で提供されたため、地域の人々に親しまれるようになりました。
おたぐりは伊那地方では味噌味、飯田地方では塩味が主流で、地域によって味の傾向が異なります。臭みがあると感じる人もいますが、丁寧に処理されたものは臭みがほとんどなく、むしろコクのある深い味わいが楽しめます。薬味には刻みネギや唐辛子が添えられ、日本酒との相性も抜群です。
現在では、伊那谷の多くの飲食店でおたぐりを味わうことができるほか、地元スーパーでも惣菜として販売されています。また、真空パックや冷凍食品として通信販売されており、お土産や贈答品としても人気を集めています。昔ながらの製法で煮込まれたおたぐりは、地元の人々にとって懐かしい味であり、訪れる観光客にも新鮮な驚きを与えます。
おたぐりは、低脂肪・高たんぱくでコレステロールが少ないとされる馬肉を使用しており、健康志向の高まりとともに注目されています。にんにくやみりん、醤油で味付けして炒めたり、野菜と一緒に煮込んだりと、家庭ごとのアレンジも豊富です。滋養強壮に良いとされ、冬の寒い季節には体を温める料理として愛されています。
おたぐりは、単なる郷土料理にとどまらず、馬との共生の歴史や地域の人々の知恵が詰まった文化そのものです。今なお多くの家庭や店で受け継がれる「おたぐり」は、南信州の温もりと風土を感じさせる一皿として、多くの人々の心を惹きつけています。