風越山は、長野県飯田市の西部にそびえる標高1,535メートルの名峰で、信州百名山および新・花の百名山にも選定されている名高い山です。中央アルプスの前衛に位置し、飯田市の市街地からもその美しい姿を望むことができます。古くから信仰の対象として崇められ、登山や自然観察、歴史探訪の地としても多くの人々に親しまれています。
風越山の山頂付近には、白山社奥宮が鎮座しています。この社は神仏習合の信仰形態を伝える貴重な建造物であり、本殿は室町時代の永正6年(1509年)に建立されました。社殿は現在、国の重要文化財に指定されています。
山頂へ向かう登山道には、一の鳥居や随身門をはじめ、多くの石碑や仏像が点在しており、江戸時代中期以降に建立されたものが多く見られます。これらは山岳信仰や庶民信仰、白山信仰の隆盛を物語るものであり、まさに信仰の歴史が息づく霊域といえるでしょう。
風越山は飯田市のシンボルであり、地元の人々だけでなく全国からも多くの登山客が訪れます。登頂ルートは全部で6種類あり、表参道・滝の沢ルート、押洞ルート、旧阿弥陀寺・二本杉ルート、高鳥屋山ルート、権現道ルート、円悟沢・今庫の泉ルートが整備されています。いずれのルートも自然豊かで、四季折々の花々や樹木に包まれながらの登山が楽しめます。
「風越山(かざこしやま)」という名前は、山頂近くにある「大窪み」と呼ばれる鞍部を風が吹き越えることから名付けられたと伝えられています。平安時代の歌人・藤原清輔は『千載集』に「かざこしを ゆうこえくれば ほととぎす 麓の雲の そこに鳴くなり」と詠んでおり、古くから文学にも登場する名山です。
また、山中に白山妙理大権現が祀られていたことから、かつては「権現山」とも呼ばれました。地元では「かざこしやま」と親しみを込めて呼ぶ一方で、飯田風越高等学校の設立(1949年)以降、「ふうえつざん」と呼ぶ人々も増えました。今では学校や郵便局など、飯田市内の多くの施設名や商品名に「風越(ふうえつ)」の名が使われています。
風越山は全山が花崗岩で構成され、木曽山脈の主稜線から飯田盆地へと突き出すような形状をしています。独立峰のように見えるのは、両側を流れる飯田松川と野底川によって谷が深く削られているためです。この地形により、山を越えて吹き込む風が発生し、「風越おろし」と呼ばれる独特の風が霧や雲海を生み出すことでも知られています。
風越山は花の名山としても名高く、春から秋にかけて多様な植物が咲き誇ります。春にはカタクリやイワウチワ、エイザンスミレが可憐な花を咲かせ、初夏にはコバノミツバツツジが山肌を鮮やかに彩ります。秋にはベニマンサクが赤く染まり、長野県の天然記念物にも指定されているこの木々が、山全体を幻想的な紅に包み込みます。
ベニマンサクの群生地は標高800メートルから1,480メートルにかけて広がり、その分布範囲は南北5.5キロメートルにも及びます。風越山はこの樹木の生育地としては東北限にあたり、植物学的にも貴重な存在です。
山中では多くの野生動物が観察されます。特にニホンカモシカやリス、モリアオガエルなどが生息し、清らかな池や湿地ではモリアオガエルの産卵も見られます。また、風越山では約80種類ものチョウや40種類以上のトンボが確認されており、昆虫観察の場としても人気です。
山麓の代表的な名所として知られるのが、猿庫の泉(さるくらのいずみ)です。天竜川水系の円悟沢に湧き出る軟水の清泉で、1985年には環境省の「名水百選」に選ばれました。1829年、茶道宗徧流の不蔵庵龍渓が茶に適した水を求めてこの泉を発見したと伝えられ、以来、茶の湯の名水として多くの茶人に愛されています。現在でも2月には初釜茶会、春から秋にかけては野点茶会が開かれ、多くの人が訪れます。
風越山の周辺には、自然や歴史を感じられる施設が点在しています。かざこし子どもの森公園や風越山麓公園では、家族連れで自然体験が楽しめます。また、松川ダムや歴史的建造物が残る大平宿も近くにあり、登山後の散策にぴったりのスポットです。
最寄り駅は飯田駅で、登山口までは車で約20分ほど。春の新緑、夏の深い緑、秋の紅葉、そして冬の雪化粧と、四季折々に表情を変える風越山は、訪れるたびに新たな感動を与えてくれる信州の名峰です。
風越山は、自然、歴史、信仰が見事に調和した霊峰です。古代から続く信仰の歴史、豊かな生態系、文学にも登場する文化的背景が融合し、訪れる人々に静かな感動と学びをもたらします。山頂から望む飯田盆地の眺望も見事で、まさに「南信の宝」と呼ぶにふさわしい存在です。