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阿智神社(阿智村)

(あち じんじゃ)

悠久の歴史を刻む由緒ある古社

阿智神社は、長野県下伊那郡阿智村に鎮座する古社で、式内社としてその名を古くから伝えてきました。旧社格は郷社にあたり、『先代旧事本紀』には、知恵の神として知られる天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)が天降りし、信乃阿智祝部の祖となったと記されています。そうした由緒からも、この神社は信濃地方の文化や歴史と深く結びついた特別な存在とされています。

阿智神社の概要と境内の特徴

阿智神社は、阿智村智里地区に前宮奥宮の二つの社殿を持ち、特に奥宮には古代祭祀の痕跡とされる磐座(いわくら)が残されています。前宮から阿知川に沿っておよそ2キロ上流へと進むと、川が合流してできる半島状の高台「川合陵」に奥宮が鎮座します。この地は、大自然がそのまま残る神秘的な場所で、苔むした巨石が祀られており、古代信仰の姿を今に伝えています。

冬至を示す神秘の磐座

奥宮の磐座は、国学院大学教授・大場磐雄氏によって上代の祭祀遺跡であるとされています。自然石でありながら、岩の出っ張りが東西南北をほぼ正確に示し、さらに冬至には東の延長線上から太陽が昇るといわれ、古代人が太陽の力を重んじていた痕跡が伺えます。

祭神と神話に基づく由来

主祭神は天八意思兼命天表春命(あめのうわはるのみこと)で、相殿には誉田別命、建御名方命、大山咋命が祀られています。社伝によれば、孝元天皇5年の春正月に、天八意思兼命が御子神を伴って信濃国へ降臨し、阿智の祝部の祖となったと伝えられています。以後、その祭祀は後裔である原氏が担い、地域の信仰と深く関わりながら歴史を紡いできました。

昼神の地名にまつわる伝承

阿智神社が鎮座する昼神地区の地名には、日本武尊にまつわる興味深い伝承が残されています。東征の帰路、神坂峠で荒ぶる神の毒気によって進めなくなった際、日本武尊が噛んでいた蒜(ひる)を吹きかけたことで道が開けたとされ、この出来事から「蒜噛(ひるがみ)」→「昼神」と変化したと伝えられています。

阿智氏との関係と古代氏族の歴史

阿智神社は、信濃地方の古代氏族阿智氏(あちうじ)の祖神を祀る神社としても知られています。『先代旧事本紀』では、天八意思兼命の子・天表春命が信乃阿智祝部の祖とされ、その兄弟の天下春命は武蔵秩父国造の祖と記されています。これらの伝承は、信濃と関東地方の古代文化をつなぐ貴重な歴史的手がかりといえるでしょう。

周辺観光とアクセス

阿智神社の前宮は長野県下伊那郡阿智村智里489、奥宮は智里497に位置し、園原インターチェンジから車で10分ほどとアクセスも良好です。周辺には全国的に知られる昼神温泉や、古代東山道の要衝として栄えた園原など、歴史と自然の魅力があふれるスポットが多くあります。阿智神社を訪ねる際には、これらの名所と合わせて散策してみると、より深い地域の魅力に触れることができます。

Information

名称
阿智神社(阿智村)
(あち じんじゃ)

阿智村・飯田

長野県