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野尻宿

(のじりじゅく)

中山道四十番目の宿場に残る木曽路の趣

中山道の歴史を今に伝える宿場町

野尻宿は、江戸時代の主要街道である中山道における第40番目の宿場町として栄えた場所で、現在の長野県木曽郡大桑村に位置しています。中山道は江戸と京都を結ぶ重要な交通路であり、木曽谷の険しい自然の中で旅人たちの休息地として多くの宿場が設けられました。その中でも野尻宿は、宿場通りの長さが木曽十一宿の中で奈良井宿に次ぐ規模を誇り、「七曲り」と呼ばれる曲がりくねった町筋が特徴的です。

歴史と復興の歩み

野尻宿は、寛政3年(1791年)に大火に見舞われ、町の大部分が焼失するという大きな災害を経験しました。しかし、その後住民たちの手によって再建され、再び中山道を行き交う旅人たちの憩いの場として繁栄を取り戻しました。天保14年(1843年)に編纂された『中山道宿村大概帳』によると、当時の野尻宿には108軒の家屋があり、本陣・脇本陣が各1軒、旅籠は19軒を数え、宿内人口は986人と記録されています。これらの数字は、野尻宿が中山道の中でも比較的大きな宿場であったことを示しています。

見どころと文化的遺産

野尻宿には、当時の面影を残すさまざまな見どころがあります。特に有名なのは、町筋の独特な地形から名づけられた「七曲り」です。曲がりくねった道は、敵の侵入を防ぐための防衛的な意味もあったとされ、江戸時代の宿場町らしい風情を今に伝えています。また、臨済宗妙覚寺には「マリア観音」と呼ばれる観音像が祀られており、キリシタン信仰の影響を感じさせる貴重な存在です。ほかにも、宿場のはずれに位置していた旅籠を示す「はずれ」や、「南無妙法蓮華経」の碑として知られる「いぼ石」など、歴史を物語る遺構が点在しています。

野尻から三留野へ―木曽路を歩く楽しみ

野尻宿から次の三留野宿へ向かう道は、木曽川沿いの「羅天の桟(らてんのかけはし)」を通るルートと、危険な桟道を避けて山中を抜ける「与川道(よがわみち)」の二つがあります。どちらの道も木曽の自然を満喫できる人気の散策コースであり、歴史と自然の融合を体験できます。途中には、明治天皇中川原御膳水などの史跡も残り、当時の歴史を偲ぶことができます。

アクセスと周辺情報

野尻宿へのアクセスは、JR中央本線「野尻駅」から徒歩で訪れることができます。現在も町並みには古い建物が点在し、静かな山里の雰囲気が旅人を迎えてくれます。中山道を歩く旅の中で、須原宿から三留野宿へと続く木曽路の一部として、野尻宿は今も旅人に温もりと歴史の深みを感じさせる宿場です。江戸の情緒と木曽の自然が織りなすこの宿場で、ゆっくりと時の流れを感じてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
野尻宿
(のじりじゅく)

木曽・妻籠

長野県