定勝寺は、長野県木曽郡大桑村須原に位置する臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は浄戒山といいます。木曽谷における代表的な禅寺のひとつであり、木曽三大寺として知られる興禅寺(木曽町)・長福寺(木曽町)と並ぶ古刹です。また、木曽西国三十三観音霊場の第二十一番札所、および木曽七福神霊場(布袋尊)としても広く信仰を集めています。
寺の起源は嘉慶年間(1387~1388年)にまで遡ります。木曽氏の一族である木曾親豊が先祖の追善のため、須原観心坊を改めて木曽川河畔に創建したのが始まりとされています。その後、たびたび洪水によって被害を受けながらも、歴代の木曽氏や名僧たちの尽力により再建され、現在の姿へと受け継がれてきました。特に天正10年(1582年)には、「本能寺の変」の混乱の中で奪われた大般若経600巻と涅槃像がこの寺に納められたと伝えられ、これを記した墨書が現存しています。
定勝寺の伽藍は度重なる災害を経て、慶長3年(1598年)に当時の木曽代官石川光吉によって現在の場所に再建されました。境内には、江戸時代前期の建築が今も残り、国の重要文化財として指定されています。中でも、山門(1661年建立)、本堂(江戸前期)、そして庫裏(1654年建立)が特に有名で、それぞれ桃山文化の影響を受けた美しい意匠を保っています。本堂は「鴬張りの廊下」を備え、中央に釈迦如来像を安置。庫裏には太い梁が交差する力強い造りが見られ、禅寺らしい静謐な空気を感じることができます。
明治13年(1880年)には、明治天皇が中山道を巡幸された際、定勝寺の庫裏で昼食を取られたと記録されています。この出来事は、定勝寺が当時いかに格式高い寺院として認められていたかを物語っています。また、昭和40年(1964年)には、木曽ヒノキを用いて作られた大きな「定勝だるま」坐像が開眼供養され、禅の象徴として人々の信仰を集めています。
境内に入ると、重厚な山門の先に白壁が美しい庫裏と本堂が並び立ちます。庫裏には大きな囲炉裏があり、木曽ヒノキの梁組みが堂々とした風格を見せます。位牌堂や阿弥陀堂、鐘楼堂なども整備されており、特に鐘楼の大梵鐘は人間国宝・香取正彦の手による作品として知られます。また、平成5年(1993年)には、庭園家・小口基實によって見事な枯山水庭園が造られ、歴史的建造物と調和した静寂の空間を演出しています。
定勝寺へは、JR中央本線「須原駅」から徒歩約10分という便利な立地にあります。四季折々の木曽谷の自然に包まれたこの寺は、訪れるたびに新たな発見と安らぎを与えてくれる場所です。歴史と信仰、そして美の融合を感じられる定勝寺は、大桑村を代表する文化遺産として多くの人々に親しまれています。