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杖突峠

(つえつき とうげ)

信州の絶景と歴史が交わる山の関所

杖突峠は、長野県伊那市と茅野市の境に位置する標高1,247メートルの峠で、「日本百名峠」のひとつに数えられています。古くは東山道杖突街道、さらには国道256号が通り、現在は国道152号がこの峠を横断しています。

峠の一帯は「晴ヶ峰(はれがみね)」と呼ばれ、南アルプス(赤石山脈)の北端に位置しています。伊那側は藤沢川沿いの穏やかな坂道が続く一方で、茅野側は糸魚川静岡構造線が通過しているため断層崖となり、急勾配の坂道が特徴です。峠から西南西の方向には、諏訪大社の神体山とされる守屋山がそびえ、信仰と自然が融合する雄大な風景を望むことができます。

杖突峠の名の由来と歴史

「杖突峠」という名称は、かつてこの急坂を登る旅人たちが杖をつきながら歩いたことに由来します。峠の頂上では、登り終えた旅人たちが使い終えた杖を供養のために燃やす習わしがあり、大正時代の終わり頃まで続いていたと伝えられています。また一説には、神が降臨の際に杖を突いた場所であるという伝承もあり、信仰の地としての側面も持っています。

古代から続く交通と軍事の要衝

古代より東山道が通過し、伊那郡と諏訪郡を結ぶ重要な街道として利用されてきました。戦国時代には軍事上の要地とされ、天文11年(1542年)には武田信玄と諏訪頼重の戦いにおいて、信玄に味方した高遠頼継がこの峠を越えて諏訪へ攻め込んだと伝えられています。

江戸時代に入ると、峠道は「杖突街道」または「藤沢街道」と呼ばれ、甲州方面から伊那へと塩や茶、魚などを運ぶ中馬たちの往来で賑わいました。また、遠江国(現在の静岡県)の秋葉山本宮秋葉神社へ参詣する信仰の道としても使われていました。

近代以降の発展と再生

明治以降は交通の発達により一時的に街道が衰退しましたが、昭和8年(1933年)に車道が開通したことで再び注目を集めました。戦後には国鉄によるボンネットバスが運行され、守屋山や入笠山への登山客、高遠城址公園への花見客などが峠を訪れ、信州観光の名所として定着しました。

峠の茶屋と展望台の魅力

峠の頂上付近には、茅野市宮川にある「峠の茶屋」があり、ここは杖突峠を象徴する観光スポットです。1984年に建てられたこの施設は鉄骨2階建てで、2階には無料展望台が設けられています。ここからは茅野市の市街地や諏訪湖を一望でき、晴れた日には八ヶ岳連峰、霧ヶ峰、美ヶ原、そして遠く北アルプスまで見渡すことができます。

夕刻には、飛騨山脈に沈む夕日が諏訪湖や八ヶ岳を赤く染め上げ、幻想的な光景を生み出します。この圧巻の眺望は「信州三景観」のひとつにも数えられ、多くの観光客が訪れる理由となっています。

歴史の面影を残す街道

峠周辺には、かつての宿場時代の名残を感じさせる史跡も点在しています。中世の山城跡「蛇山」や、宿場の本陣跡など、往時の面影を今に伝える貴重な文化遺産です。かつて坂本養川が八ヶ岳の裾野に用水路を開く際、杖突峠から提灯の明かりを目印に測量したという伝説もあり、人々の生活と峠の深いつながりを感じさせます。

アクセスと交通手段

公共交通では、JR中央本線茅野駅からタクシーで約30分の距離にあり、春にはジェイアールバス関東が「守屋登山口」バス停までの路線を期間限定で運行しています。自家用車の場合、中央自動車道諏訪インターチェンジから約30分で到着し、普通車20台が駐車可能な駐車場が整備されています。

文化と物語の舞台としての杖突峠

杖突峠は、文学やアニメ作品の舞台としても登場しています。松本清張の小説『野盗伝奇』では、物語のクライマックスで重要な舞台となり、また人気漫画『ゆるキャン△』では、主人公たちがこの峠の展望台を訪れ、スマートフォンで撮影した写真を友人に送る場面が描かれています。こうした作品を通じて、杖突峠は現代でも人々の心に残る象徴的な場所となっています。

まとめ ― 信州を代表する絶景峠

杖突峠は、自然・歴史・文化・信仰が調和した信州を代表する名峠です。古代から続く街道の歴史を感じつつ、展望台から広がる雄大な景色を楽しむことができるこの場所は、訪れる人々に深い感動を与えてくれます。山々に囲まれた信州の原風景とともに、旅人たちが残した足跡に思いを馳せながら、静かで豊かな時間を過ごすことができるでしょう。

Information

名称
杖突峠
(つえつき とうげ)

伊那・駒ヶ根

長野県