光前寺は、長野県駒ヶ根市赤穂に位置する天台宗の別格本山で、山号を「宝積山(ほうしゃくさん)」、院号を「無動院」といいます。本尊は秘仏の不動明王であり、古くから人々の厚い信仰を集めてきました。信州を代表する天台宗の古刹として、戸隠山の顕光寺、善光寺、更科八幡神宮寺、津金寺と並び「天台宗信濃五山」の一つに数えられています。
また、境内の美しい庭園は、1967年(昭和42年)に国の名勝に指定されており、自然と調和した静寂な風景が訪れる人々の心を癒します。さらに、全国的に知られる霊犬「早太郎」伝説の寺としても名高く、信仰と物語が息づく特別な場所です。
光前寺の開基は、比叡山延暦寺の高僧・円仁の弟子、本聖(ほんじょう)によるものと伝えられています。本聖が比叡山を下りた後、太田切川の支流・黒川の滝中から不動明王像を授かり、この地に寺を建立したのが始まりとされています。創建は貞観2年(860年)と伝わり、当初は現在地よりもやや木曽山脈寄りにあったといわれています。
戦国時代には、武田氏や羽柴氏(豊臣家)などの庇護を受け、寺勢は大いに栄えました。江戸時代には徳川家光から朱印地60石を賜り、地域信仰の中心として繁栄を続けました。しかし、明治維新以降、廃仏毀釈の影響により塔頭末寺の多くが失われましたが、今日までその伝統と信仰は脈々と受け継がれています。
光前寺を語る上で欠かせないのが、全国に知られる霊犬早太郎(はやたろう)伝説です。これは遠江国(現在の静岡県磐田市見付)にも伝わる「悉平太郎(しっぺいたろう)」としての異名を持ち、信州と遠州を結ぶ物語として広く親しまれています。
昔、光前寺の床下で山犬が子犬を産み、和尚がその親子を手厚く世話しました。母犬は山へ戻りましたが、1匹の子犬を寺に残していきます。この子犬こそが早太郎であり、力強く賢い犬として成長しました。ある日、遠江国見附村で毎年娘を生贄として捧げるという悲しい風習がありました。旅の僧がこれを知り、怪物が「信州の早太郎には知られるな」と口走ったことから、光前寺の早太郎を頼りに信濃へ向かいました。
早太郎はその僧に連れられて遠江へ赴き、祭りの夜、娘の身代わりとして棺に潜み、怪物と対峙します。現れたのは、長年人々を苦しめていた老いた猿の化生「狒々(ひひ)」でした。早太郎は壮絶な戦いの末に怪物を退治しましたが、深い傷を負い、寺に戻った直後に息を引き取ったと伝わります。その忠義と勇気を讃え、和尚は供養のために大般若経を奉納し、今も本堂脇には「霊犬早太郎の墓」が残されています。
光前寺の境内は、杉の巨木が立ち並ぶ荘厳な空間です。鎌倉時代から江戸時代にかけて造られた複数の庭園があり、いずれも高い文化的価値を誇ります。中でも、蘭渓道隆式池泉庭園は竜門瀑(りゅうもんばく)を中心に据えた名園で、鯉魚石を滝上に意匠する珍しい造りとなっています。また、客殿西部の築山式池泉庭園も見事で、四季折々の風情を楽しむことができます。
本堂は嘉永4年(1851年)に再建され、穏やかな曲線を描く屋根が特徴です。三門(嘉永元年再建)は十六羅漢を祀り、参拝者を荘厳な雰囲気で迎えます。弁天堂は室町時代の建築で国の重要文化財に指定されており、内部には弁財天と十五童子が安置されています。
さらに、経蔵(享和2年建立)には、早太郎伝説にまつわる大般若経が納められています。三重塔は文化5年(1808年)の再建で、高さ17メートル、長野県指定有形文化財となっています。また、仁王門に安置される金剛力士像は大永8年(1528年)の作で、駒ヶ根市の有形文化財に指定されています。
光前寺では、1月中旬に厄除祈願祭、1月28日に初不動、そして4月29日には例大祭が行われ、県内外から多くの参拝者が訪れます。春の枝垂桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、四季を通じてさまざまな姿を楽しむことができます。
アクセスはJR飯田線の駒ヶ根駅から西へ約4km、バスで「切石公園下」停留所下車後徒歩約10分。また、中央自動車道の駒ヶ根インターチェンジからは約1.2kmと、車での参拝も便利です。
光前寺は、古来より信仰と伝説、そして美しい自然が融合した霊場です。霊犬早太郎の勇気ある物語は今も人々の心に残り、訪れる者はその静寂と荘厳さの中に、時を超えた祈りの響きを感じ取ることでしょう。駒ヶ根を訪れる際には、ぜひ足を運びたい信州屈指の名刹です。