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大御食神社

(おおみけ じんじゃ)

駒ヶ根市の歴史と信仰を今に伝える古社

大御食神社は、長野県駒ヶ根市赤穂に鎮座する由緒ある神社で、地元では「美女ヶ森(びじょがもり)」の名でも親しまれています。古くからこの地の総氏神として崇敬され、地域の人々にとって精神的な支えであり続けてきました。日本武尊(やまとたけるのみこと)をはじめ、五郎姫神、誉田別尊の三柱を祀る神社であり、歴史や伝承、建築美、祭事の多彩さなど、さまざまな面から魅力あふれる神社です。

創建の由来と伝承

伝承によれば、景行天皇41年、日本武尊が東征の帰路にこの地を通り、当時の首長・赤須彦のもてなしを受けた際、一本の杉の木の下で休息したといわれています。この杉は「御蔭杉(みかげすぎ)」と呼ばれ、今も神木として崇められています。また、日本武尊がその杉の側で手を掛けたとされる石は「御手掛石」として境内に残されており、古代の神話の息吹を今に伝えています。景行天皇58年には、その御蔭杉の下に神殿が建立され、日本武尊が祀られたのが神社の始まりとされています。

祀られる神々

日本武尊(やまとたけるのみこと)

武勇と開拓の神として知られる日本武尊は、大御食神社の主祭神です。東征の伝承とともにこの地に深く関わり、旅の安全や家内安全、勝運の神として多くの信仰を集めています。

五郎姫神(いついらつひめのみこと)

五郎姫神は応神天皇8年に尾張国から勧請された女神で、美しさと優しさを象徴する神として知られています。この神にちなみ、社地が「美女ヶ森」と呼ばれるようになったといわれています。

誉田別尊(ほんだわけのみこと)

八幡大神として知られる誉田別尊は、武勇と守護の神として全国的に信仰されています。大御食神社には元慶3年(879年)に石清水八幡宮から勧請されたと伝わります。

建築と文化財

境内は約1500坪の広さを誇り、荘厳で落ち着いた雰囲気に包まれています。本殿は三間社流造の構造で、木曽の名工・立川流の影響を受けた精巧な彫刻が施されています。文久3年(1863年)に着工し、翌年に上棟されたと伝わるこの本殿は、駒ヶ根市指定有形文化財にもなっています。拝殿や神楽殿、宝蔵なども整然と配置され、古社ならではの風格を感じさせます。

御蔭杉と御手掛石

境内のシンボルともいえる御蔭杉は、神功皇后の時代から植え継がれてきたとされる巨木で、その樹齢は千年以上ともいわれています。日本武尊が手を掛けたと伝わる御手掛石とともに、訪れる人々の心に神聖な印象を与えます。

伝統行事と神事

大御食神社では、年間を通じてさまざまな神事や行事が行われています。中でも有名なのが、古くから伝わる「獅子練り」です。この行事は五穀豊穣を祈願するもので、氏子たちが獅子を曳いて神前でその頭を切り落とし、供物とする独特の神事です。長野県南信地方でも同様の風習は珍しく、駒ヶ根市の無形民俗文化財にも指定されています。

また、かつては春日大社から伝わったとされる「流鏑馬神事」も行われていました。馬上から矢を放つ勇壮な神事で、古くは応永年間から境内で実施されていたといわれています。

歴史的資料と社宝

大御食神社には、「神代文字社伝記」と呼ばれる独自の古文書が伝わっています。天明2年(1782年)の火災で多くの古文書が焼失したものの、この社伝は写本として残されました。阿比留草文字などで記されたこの資料は、古代信仰や文字文化を考える上で興味深いものです。また、神像や掛軸など貴重な文化財も多く、特に西行法師の作と伝えられる和歌の掛軸は必見です。

アクセス

公共交通機関では、JR飯田線の小町屋駅から徒歩約15分、または駒ヶ根駅からタクシーで約10分の距離にあります。自動車の場合は、中央自動車道・駒ヶ根インターチェンジから約20分。境内には普通車15台分の駐車場も完備されています。

まとめ

大御食神社は、神話や歴史、そして地域の文化が融合した駒ヶ根市を代表する名社です。御蔭杉の静けさに包まれた境内に立つと、遠い昔から続く信仰の息づかいを感じることができるでしょう。春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、四季折々の美しさを楽しめるこの神社は、観光や参拝の際にぜひ訪れたい長野県の名所のひとつです。

Information

名称
大御食神社
(おおみけ じんじゃ)

伊那・駒ヶ根

長野県