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遠照寺

(おんしょうじ)

花と歴史に彩られた高遠の名刹

遠照寺は、長野県伊那市高遠町山室に位置する日蓮宗の寺院で、山号を妙朝山といいます。古くから「牡丹寺」として知られ、毎年5月中旬から6月初旬にかけては約180種類・2,000株もの牡丹が咲き誇り、参拝者の目を楽しませています。境内は花々の香りに包まれ、訪れる人々が四季折々の自然美と静寂の中で心を癒すことができる場所として親しまれています。

遠照寺の起源と歴史

最澄による開創の伝承

寺伝によると、遠照寺の起源は平安時代初期にまでさかのぼります。弘仁11年(820年)、最澄(伝教大師)が東国布教のために伊那谷を訪れた際、この地に立ち寄り、教えを広めたと伝えられています。そのとき建立されたのが、現在の釈迦堂の位置にあたる「薬師堂」であるといわれ、屋根裏から発見された矢羽根に「弘仁十一年薬師堂建之」との墨書が残されていることからも、その伝承の確かさが裏付けられています。

日蓮宗への改宗と再興

その後、天福元年(1233年)には天台宗の寺院「天福寺」として発展しましたが、文正6年(1461年)に火災で伽藍を焼失します。文明5年(1473年)、身延山11世・行学院日朝上人が当地に立ち寄り、教えを受けた天台宗の僧・権律師が日蓮宗に改宗し、「日用」と名を授かって遠照寺の初代となりました。こうして日朝上人を開山と仰ぐ妙朝山遠照寺が誕生したのです。

宗門史跡への指定

2019年には日蓮宗宗門史跡調査により、遠照寺の釈迦堂が「宗門最古の法華堂」として正式に認定され、境内全域が「宗門史跡」に指定されました。これにより、遠照寺は日本仏教史の中でも特に重要な位置を占める寺院として評価されています。

文化財と建築の魅力

重要文化財・釈迦堂と多宝小塔

釈迦堂は、1930年(昭和5年)に旧国宝(現在の重要文化財)に指定されました。方三間、一重、入母屋造りで向拝一間を備え、西面する建物は室町時代後期の特色を色濃く残しています。建立は長らく天文7年(1538年)とされてきましたが、近年の調査で文明6年(1474年)から明応4年(1495年)の間に建てられたことが明らかになりました。堂内には文亀2年(1502年)建立の多宝小塔があり、これは長野県最古の多宝塔として名高く、精緻な彫刻と色彩が今も残されています。

市指定文化財と名勝庭園

境内には他にも数々の文化財があります。七面堂は永正3年(1506年)に建立され、江戸時代の総絵天井が美しく保存されています。さらに、鰐口陣太鼓などの遺品は戦国時代の歴史を今に伝える貴重な資料です。

また、遠照寺の庭園「鶴亀合掌(いのり)の庭」は市の名勝に指定されています。江戸初期の遠州流の作庭様式を持ち、蓬莱山を象徴する亀島や鶴石組みなどが巧みに配置されています。1990年に造園家・小口基實によって改修され、京都・南禅寺金地院の庭を参考にした枯山水式庭園として再整備されました。現在も県内有数の美しい日本庭園として高い評価を受けています。

現代に息づく信仰と文化活動

開創1200年と地域との共生

2020年、薬師堂の創建から数えて開創1200年という節目を迎えた遠照寺は、「いのちに合掌(いのりを)」に加え、新たに「美しい山里の寺づくり」をテーマに掲げました。境内の整備や文化財保護、地域との交流を通じて、信仰の場としてだけでなく、人々が集い語り合う「開かれた寺院」へと歩みを進めています。

牡丹の名所としての遠照寺

春の訪れとともに境内を彩る牡丹は、遠照寺の象徴でもあります。見ごろとなる5月には「牡丹まつり」が開催され、多くの参拝客が訪れます。赤や白、紫など色とりどりの花々が咲き誇る様子はまさに圧巻で、静かな山寺に華やぎを添えます。この美しい光景を求めて、県内外から多くの人々が足を運び、遠照寺は花と信仰の名刹としてますます注目を集めています。

まとめ

遠照寺は、最澄の教えを起点とし、日朝上人によって再興された歴史ある寺院です。釈迦堂や多宝小塔といった貴重な文化財、四季折々に彩られる自然、そして地域に根ざした信仰の姿が今も息づいています。静寂と花々の香りに包まれながら、この寺の長い歴史と文化を感じるひとときは、訪れる人の心に深い感動を与えてくれることでしょう。

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名称
遠照寺
(おんしょうじ)

伊那・駒ヶ根

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