高遠城址公園は、長野県伊那市高遠町東高遠に位置し、戦国時代に築かれた高遠城の跡地を整備した公園です。ここは、日本さくら名所100選にも選ばれ、春には「天下第一の桜」と称されるタカトオコヒガンザクラが咲き誇ることで全国的に知られています。城跡としての歴史的価値と、四季折々の自然美が融合した、信州を代表する観光名所です。
高遠城は、戦国時代に武田信玄の家臣である山本勘助によって縄張りされた堅固な山城で、別名「兜山城」とも呼ばれました。城主は武田氏一族が務め、特に信玄の五男・仁科盛信の時代には、織田信長の嫡男・織田信忠との壮絶な戦いが繰り広げられました。盛信は勇敢に戦い抜き、城と運命を共にしました。その際、信玄の娘であり盛信の妹でもある松姫は、信忠の元婚約者であったことから、この戦いは悲劇的な逸話として語り継がれています。
江戸時代には高遠藩の中心として栄えましたが、明治4年(1871年)の廃藩置県で城は取り壊され、城内の樹木も売り払われて一時は荒れ果てた地となりました。しかし、旧高遠藩の士族たちは、かつての誇りを取り戻すため、1875年(明治8年)に城跡へ桜の木を移植し、公園として整備を始めました。これが現在の高遠城址公園の始まりです。
高遠城址公園の最大の見どころは、春に咲き誇るタカトオコヒガンザクラです。この桜は、一般的なソメイヨシノよりも花がやや小ぶりで赤みが強く、枝いっぱいに咲きこぼれる姿が特徴です。淡紅色の花が山全体を包み込むように咲く様子はまさに圧巻で、「天下第一の桜」と称されるゆえんです。
園内には、樹齢130年を超える古木が20本、50年以上のものが500本、さらに若木を含めて約1,500本のタカトオコヒガンザクラが植えられています。これらは明治時代に旧藩士たちが「桜の馬場」から移植したものであり、地域の誇りとして大切に守られています。
また、平成2年(1990年)に開催された「国際さくらシンポジウム」で、この桜がマメザクラとエドヒガンの交配種であることが確認され、「タカトオコヒガンザクラ」と正式に命名されました。その美しさと希少性から、昭和35年(1960年)には長野県天然記念物にも指定されています。
毎年4月上旬から5月上旬にかけて、「高遠城址公園さくら祭り」が開催されます。この期間には全国各地から花見客が訪れ、夜には桜がライトアップされて幻想的な雰囲気に包まれます。昼は山々の残雪を背景にした淡紅色の桜、夜は光に照らされて輝く花々が楽しめるため、訪れる人々の心を魅了してやみません。
高遠城址公園は桜だけでなく、四季を通じて美しい風景を楽しめます。夏には新緑が鮮やかに輝き、秋には約250本のカエデが紅葉して公園を彩ります。冬には雪に覆われた静寂の城跡が幻想的な趣を見せ、季節ごとに異なる表情を見せてくれます。
園内には、歴史的価値の高い建造物や碑が多数あります。中でも高遠閣は、1936年(昭和11年)に完成した木造建築で、現在は国の登録有形文化財に指定されています。もともとは地域の集会所として建てられましたが、現在では観光案内所や休憩所として利用されています。
そのほかにも、城下から移築された問屋門、太鼓櫓、新城藤原神社などがあり、往時の面影を今に伝えています。また、進徳館跡(旧藩校跡)や、靖国招魂碑、天下第一の桜碑など、多くの記念碑も点在し、歴史を感じながら散策が楽しめます。
高遠城址公園の周辺にも魅力的な観光地が数多くあります。高遠町歴史博物館では、高遠藩や高遠城の歴史を詳しく学ぶことができ、信州高遠美術館では地元出身の芸術家の作品が展示されています。自然を感じたい方には高遠湖(高遠ダム湖)や三峰川の散策もおすすめです。
アクセスは、JR飯田線の伊那市駅からJRバス高遠線で約25分、「高遠駅」で下車後、徒歩約15分です。中央本線茅野駅からも季節運行のバスがあり、約1時間で到着します。自動車利用の場合、中央自動車道の伊那ICから約30分、または諏訪ICから約1時間です。
桜のシーズン中は混雑を避けるため、無料駐車場から公園までのシャトルバス(片道100円)が運行されています。ただし、花見シーズンは大変な賑わいのため、徒歩で向かう人々の姿も多く見られます。
高遠城址公園は、戦国時代の歴史と明治時代に再生された桜の名所という、二つの顔を持つ特別な場所です。天下第一の桜と称されるタカトオコヒガンザクラが咲き誇る春はもちろん、四季折々の自然と歴史的風景を楽しめる憩いの地として、多くの人々に愛されています。訪れるたびに新たな感動を与えてくれる高遠城址公園は、まさに伊那市が誇る文化と自然の宝といえるでしょう。