仙丈ヶ岳は、長野県伊那市と山梨県南アルプス市にまたがる、標高3,033メートルの名峰です。南アルプス国立公園内に位置し、赤石山脈の北部を代表する山のひとつとして知られています。その穏やかな稜線と女性的な優雅さから、「南アルプスの女王」の愛称で親しまれています。隣には男性的で力強い山容の甲斐駒ヶ岳がそびえ、対照的な美を見せています。
仙丈ヶ岳は、標高3,000メートルを超える高峰でありながら、比較的安全なルートが整備されており、登山初心者でも挑戦しやすい山として人気です。山頂からは、富士山をはじめ、南アルプスの主峰・北岳や間ノ岳、さらに八ヶ岳、中央アルプス、北アルプス、そして御嶽山までも一望できる絶景が広がります。この眺望は「日本百名山」の中でも随一と称され、多くの登山者の心を惹きつけています。
山の北側には藪沢カール、東側には小仙丈沢カール、南東には大仙丈沢カールと呼ばれる三つの大きな氷河地形が残されており、これらが仙丈ヶ岳の美しい山容を形づくっています。これらのカールは、かつて氷河期に形成されたもので、仙丈ヶ岳の自然の歴史を今に伝えています。また、西側は急峻で、沢登りや冬季登山の対象としても知られています。
その名の由来にはいくつかの説がありますが、一説には「千丈(せんじょう)」、すなわち非常に高いという意味から転じて「仙丈」となったとされています。1丈が約3メートルであることから、仙丈ヶ岳はおよそ「千丈の山」ともいえる高さを持ち、その雄大さを象徴する名前です。また、山頂の広大なカール地形を「千畳」と呼んだことから名付けられたとも伝えられています。
1909年(明治42年)に河田黙によって初めて登頂の記録が残され、1925年(大正14年)には京都三高山岳部の西堀栄三郎らが積雪期の初登頂に成功しました。その後、1930年には登山家・竹沢長衛が北沢峠に山小屋「長衛荘」を建設し、登山の拠点として発展しました。現在も「長衛祭」などの行事が行われ、山岳信仰と登山文化の両面で親しまれています。
仙丈ヶ岳にはいくつかの登山ルートがあります。もっとも人気が高いのは、北沢峠から登る小仙丈尾根ルートで、展望が素晴らしく、多くの登山者が利用します。ほかにも、仙塩尾根を経由して塩見岳へと続く縦走ルート、薮沢を登るルート、そして地蔵尾根を登る健脚向けルートなどがあり、登山者の経験や目的に合わせて選ぶことができます。
仙丈ヶ岳は「花の百名山」にも選ばれており、夏にはシナノキンバイ、チングルマ、シャクナゲ、ミヤマオダマキなど、色とりどりの高山植物が咲き誇ります。環境省のレッドリストに掲載される貴重な植物も多く、その中でも「センジョウスゲ」は絶滅危惧種として特に注目されています。また、登山道上部ではハイマツ帯が広がり、ライチョウが生息していることでも知られています。
近年、ニホンジカによる植生の食害が問題となっており、地元自治体や登山団体が保護活動を進めています。特に馬ノ背尾根では高山植物の保護が行われており、訪れる登山者にも自然保護の意識が求められています。
長野県側からのアクセスは、伊那市駅から登山バスを利用して北沢峠へ向かうのが一般的です。中央自動車道の伊那インターチェンジからも約1時間で登山口に到着します。山梨県側からは広河原を経由して北沢峠へ至るルートが整備されており、いずれのルートも自然環境保護のためマイカー規制が実施されています。
例年6月下旬から10月上旬にかけてが登山の最適シーズンです。7月には「南アルプス開山祭」と「長衛祭」が行われ、多くの登山者がシーズンの安全を祈願します。晴天時には、頂上から日本の名峰のほとんどを見渡すことができ、その光景はまさに一生に一度は見たい絶景といえるでしょう。
仙丈ヶ岳は、穏やかな山容と壮麗な展望、そして豊かな自然が融合した魅力あふれる山です。「南アルプスの女王」の名にふさわしく、登山初心者から経験豊富な登山者まで幅広く楽しめる名峰として、多くの人々に愛されています。山頂に立ち、雄大な日本アルプスの景観を目にすれば、きっと誰もが心に深い感動を刻むことでしょう。