長野県 > 軽井沢・御代田 > 軽井沢ユニオンチャーチ

軽井沢ユニオンチャーチ

(Karuizawa Union Church)

軽井沢ユニオンチャーチは、長野県北佐久郡軽井沢町に位置する歴史ある超教派教会堂です。
その起源は明治30年(1897年)に遡り、当時は「軽井沢合同基督教会」として設立されました。宗派を超えた「ユニオン・チャーチ」という理念のもと、多くの人々が集い、信仰だけでなく文化や芸術を共有する場として発展してきました。
現在もなお、この教会は礼拝の場であると同時に、集会、音楽会、日本語学校など、地域や訪問者をつなぐ役割を担っています。

教会の歴史と建築

創設の背景

軽井沢ユニオンチャーチの設立は、軽井沢が外国人避暑客の憩いの地として注目を集め始めた明治時代に行われました。
当初はアプト式鉄道を担当していた外国人技師たちのクラブハウスを改築して用いたと伝えられています。その後、軽井沢に訪れる外国人や日本人のキリスト教徒たちの交流の場となり、軽井沢の歴史と深く結びつく存在となりました。

ヴォーリズ設計の建物

大正7年(1918年)には、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により現在の教会堂が完成しました。
木造建築ならではの温かみと、シンプルで清楚なデザインが特徴で、軽井沢の自然環境に溶け込みながらも、静謐で荘厳な雰囲気を漂わせています。
ヴォーリズは全国各地に多くの教会建築を手掛けましたが、軽井沢ユニオンチャーチもその代表的な作品のひとつとして知られています。

文化と音楽の拠点

チューズデイ・コンサートの開催

軽井沢ユニオンチャーチは、信仰の場にとどまらず、文化活動の拠点としても重要な役割を果たしてきました。
特に戦前は、夏の避暑シーズンに毎週火曜日の午後「チューズデイ・コンサート」と呼ばれる音楽会が開催され、町の大きな楽しみのひとつとなっていました。
この伝統的な音楽会のために、教会前の通りは「オーディトリアム通り」と呼ばれるようになり、今も軽井沢の文化史を象徴する呼称として残っています。

演奏者とレパートリー

1930年の新聞記録によると、この教会では夏の間に複数回の音楽会が開かれ、日本人と外国人の演奏者が共に舞台に立ちました。
演奏には、当時軽井沢に別荘を持つ家族やその子供たちも参加し、地域住民や避暑客に広く親しまれました。
プログラムにはベートーヴェン、リスト、チャイコフスキー、ラフマニノフといった本格的なクラシック音楽が並び、軽井沢が「文化避暑地」として発展する契機にもなったといわれます。

著名人と逸話

この音楽会には多くの著名人も参加しました。英国国教会の宣教師ジョン・ロスコーや朝吹家の兄弟、堀田伯爵のほか、
フランス皇后ジョセフィーヌの子孫にあたるロイヒテンベルク公爵家の令嬢が演奏した記録も残っています。
さらに、後にアカデミー賞女優となったオリヴィア・デ・ハヴィランドジョーン・フォンテイン姉妹が歌声を披露したというエピソードも、今も語り継がれる逸話のひとつです。

現代の軽井沢ユニオンチャーチ

国際的な集いの場

現在でも、夏の軽井沢には世界各国から多くの人々が訪れ、この教会は国際的な交流の場として機能しています。
2011年にはNHKの番組『新日本風土記』でも紹介され、避暑地軽井沢の歴史的・文化的価値を象徴する建物として注目を集めました。
また、近隣には宣教師が運営する「軽井沢リトリートセンター」や「軽井沢会テニスコート」、「万平ホテル」、「軽井沢会集会堂」など、
戦前からの歴史を伝える建物が点在し、教会周辺は今も昔の軽井沢の趣を色濃く残すエリアとなっています。

観光スポットとしての魅力

軽井沢ユニオンチャーチは、宗派を超えて誰もが訪れることができる開かれた教会です。
教会内部に足を踏み入れると、木の香りと静寂が広がり、訪れる人々に心の安らぎを与えます。観光の合間に立ち寄り、礼拝堂のベンチに腰をかけて静かな時間を過ごすのもおすすめです。
また、軽井沢の文化史に触れる場所として、音楽や芸術に興味のある旅行者にとっても見逃せないスポットとなっています。

まとめ

軽井沢ユニオンチャーチは、信仰の場であると同時に、音楽や文化の拠点として長い歴史を持つ特別な場所です。
ヴォーリズ建築の趣ある教会堂、戦前から続く音楽会の伝統、そして国際色豊かな交流の歴史は、軽井沢が単なる避暑地ではなく「文化避暑地」として人々に愛されてきたことを物語っています。
軽井沢を訪れる際には、ぜひこの由緒ある教会に立ち寄り、歴史と文化の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
軽井沢ユニオンチャーチ
(Karuizawa Union Church)

軽井沢・御代田

長野県