中山道の宿場町として栄えた木曽は、現在も当時の姿を残し、気軽に歴史散歩が楽しめるエリア。自然と調和した町並みは、日本人だけでなく外国の観光客にも人気があります。
木曽エリアには妻籠宿、御嶽山、開田高原などの観光スポット、OSJおんたけスカイレース、木曽音楽祭、御嶽スーパートライアスロン大会などの観光イベント、馬肉料理、そばなどのご当地グルメがあります。
木曽といえば、豊かな自然と 宿場町で有名です。中山道の宿場町として栄えた木曽は、現在も宿場を残し、なかでも妻籠宿が特に有名です 。桜、あじさい、新緑の美しい緑に青い空というように、昔なつかしい宿場町と自然の調和には、江戸時代へタイムスリップしたかのような感覚を覚えます。宿場町の周囲をハイキングすることもでき、道程では滝や峠、水車などを見ながら自然を楽しむこともできます。
地域の特色を生かした郷土料理もそろっています。特に、夏場の気温の寒暖差を利用して生産された蕎麦は、風味豊かで甘いと評判が高い逸品です。また、長野といえば野沢菜漬けが有名ですが、ここ木曽エリアでは、塩を使わず乳酸菌だけで発酵させた「すんき」というカブの茎の漬物があります。この地域ならではのヘルシーな食品として注目されています。
中山道の江戸の情緒を今に伝える 妻籠宿は、中山道六十九次のうち42番目の宿場町として栄えた町で、現在の長野県木曽郡南木曽町に位置しています。木曽谷の南端、清らかな蘭川(あららぎがわ)の東岸に面し、山々と川に囲まれたこの地は、古くから旅人の憩いの場として賑わってきました。江戸時代の風情を色濃く残す町並みは、現代においても多くの観光客や外国人旅行者を魅了しています。 中山道の要衝として栄えた妻籠宿 中山道と飯田街道の分岐点 妻籠宿は、江戸と京都を結ぶ主要街道である中山道と、南信地域へと続く飯田街道が交わる交通の要衝でした。そのため、江戸時代には人や物資の往来が盛んで、多くの旅籠や商家が軒を...»
御嶽山は、標高3,067メートルの火山で、日本において富士山に次いで2番目に高い独立峰として知られています。この火山は、四季を通じてハイキングや登山、ウィンタースポーツなどを楽しむ多くの自然愛好者に親しまれています。また、御嶽山は日本百名山、新日本百名山、そして花の百名山のひとつにも選ばれ、その美しい自然環境は広く認識されています。 地理と特徴 山の形状と広がり 御嶽山は、南北約3.5kmにわたる台形型の山頂部を持つ特異な地形を特徴としています。その広大な裾野は、長野県木曽郡木曽町・王滝村と岐阜県下呂市・高山市にまたがっています。山頂には5つの火口湖が点在しており、それぞれ一ノ池から五ノ...»
地元「駒ヶ根産」にこだわった食材と、特製のソースを使ったかつ丼。かつ丼というと、普通煮かつを卵でとじたものを思い浮かべるが、このかつ丼はソースで味付けをしたもので、かつ丼「元祖」ともいわれている。発祥は、大正10年に早稲田高等学院生中西敬二郎氏らが考案したといわれ、周囲の食堂で学生をターゲットとしたメニューとして出され、そこから全国へと広まっていったといわれる。ご飯とかつの間にキャベツがあるので、肉料理特有のもったりとした重量感や、胃がもたれるようなしつこさが軽減され、アッサリと食べられる。また隣の伊那市でも「ソースカツ丼」が盛んであり60年以上続く老舗では「元祖ソースカツ丼」といわれ伊那の人...»
長野県の伊那谷は内陸にあることから馬による荷送りが盛んで、老いて働けなくなった馬を食べる習慣がつき、古くから馬肉料理に親しんできた。馬肉料理の代表的は馬刺しで、おろし生姜またはおろしニンニクと、醤油で食べる。とろっとした舌触りはまさに絶品で、栄養価も高い。牛豚鶏などよりも低カロリー・低脂肪・低コレステロール・高たんぱく質で、カルシウムも牛肉や豚肉の3倍。鉄分はほうれん草・ひじきより豊富で、豚肉の4倍・鶏肉の10倍はあるという。...»
下伊那郡の最北端に位置する松川町。りんごや梨といった果樹栽培が盛んで、採れたりんごや梅を糧に育てられた黒豚は、独特の甘さが美味!松川町産のごぼうとのご当地コラボで、「ごぼとん丼」が生まれた。中華料理屋、割烹料理屋、喫茶店、居酒屋など、提供してくれる店は実に多様。余計な油分を落としてさっぱりと仕上げたもの、黒砂糖やりんごジュースで豚を煮込んだもの、わさびを添えてアクセントを効かせたものなど、松川町ならではの味とバリエーションが、「ごぼとん丼」には秘められている。...»
飯島町名物・さくら丼とは、上質なさくら肉(馬肉)を使った親しみやすい丼料理のこと。品質の高い馬肉は桜色をしているというところからさくら肉と呼ばれている。フランスでは日常的に食されており、赤み肉は鶏ささみと同等の低カロリーなうえに、グリコーゲンや良質の動物性タンパク質が多く含まれるヘルシーメニューということで、女性にも人気がある。かの武田信玄の時代から優秀な馬の産地として名高く、江戸時代は三河方面へつながる町沿いの伊那街道(三州街道)を中馬が走っていた飯島町。海がない信州では当時、動物性タンパク源を得られる食品としても貴重な存在だった。...»
朴葉の殺菌力を生かし、木曽谷と下伊那南部の山村では、朴葉飯、朴葉強飯、朴葉結び、朴葉寿司、朴葉巻などがつくられた。作る家庭は少なくなったが、朴葉巻・朴葉餅は端午の節供の行事食として伝承され、木曽路の菓子屋さんでその時期に製造販売されている。 深い山々で育まれた伝統のお菓子!ちまき、柏餅に並ぶ「朴葉巻」 お餅で餡を包み、朴葉でくるんで蒸しあげた和菓子。蒸し上げることで朴葉の芳しい香りがお餅に移り、朴葉の抗菌作用により日持ちの良いことが特徴だ。餡はつぶ餡をはじめ、こし餡、みそくるみ餡など存在する。ひと口かじると、素朴な味わいと山の香りがひろがる。 【歴史・由来】木曽谷と下伊那南部の山村を中心...»
木曽地方で冠婚葬祭のときに食べる具沢山の煮物。里芋・しらたき・鶏肉・にんじん・大根・しいたけ…などを大鍋で大量に煮てお醤油で味付けする。...»
山の中ならではの食材岩魚を使った馴れ鮨。正月料理・行事食として発達。岩魚(他の川魚でもよい)の内臓を取り、多量の塩で漬け込み、食べる1ヶ月前に塩出し、酢飯を詰め、樽の中に重ね並べ重石を置いて発酵させる。現在では1割程度の家庭でのみ伝承。...»
江戸時代は年貢として上納 すんき漬けは、長野県木曽地方に古くから伝わる伝統的な発酵食品です。地元特産の赤カブの葉と茎を用い、塩を一切使わずに乳酸発酵させて作るという、非常に珍しい無塩の漬物です。その独特の酸味と爽やかな香り、そしてしゃきしゃきとした食感が特徴で、木曽の冬の味覚として多くの家庭で親しまれてきました。 先人の知恵によって作られた漬物 木曽の気候が生んだ無塩発酵文化 すんき漬けの特徴は、何といっても塩を使わない発酵法にあります。通常の漬物は塩を用いて雑菌の繁殖を防ぎますが、海から遠く離れた山間地である木曽では、かつて塩は非常に貴重なものでした。「米は貸しても塩は貸すな」という...»
梅の生産地と言えば甲州、信州、紀州といわれている。竜峡小梅は名前の通り小粒の梅の品種で、小梅の大半を占め、カリカリ梅干しなどにされる品種です。そのルーツは古く、大正時代に松川村(現下伊那郡松川町)で栽培されていた小梅の中から発見された品種で、自生種の中から選抜された優良品種。古くから梅の効能は知られており、「梅は三毒を絶つ」「梅はその日の難のがれ」「朝夕1個食べれば、医者要らず」と言われる。現在知られる効能には、疲労回復・食中毒予防・食欲増進・老化予防・整腸効果・骨の強化がある。 旬 5月 6月 ...»
木曽町は、長野県木曽郡の中央部に位置する自然豊かな町で、「日本で最も美しい村連合」に加盟する地域のひとつです。雄大な山々に囲まれ、木曽川の清流が町の中心を流れるこの町は、古くから中山道の宿場町として栄え、現在もその歴史と文化が色濃く残っています。四季折々の風景が訪れる人々を魅了し、伝統と自然が調和した穏やかな風土が特徴です。 地理と自然環境 木曽町は長野県の南西部に位置し、町域のおよそ9割が山林という、まさに山の町です。町の中央には木曽川が南北に流れ、その流域に沿って国道19号線とJR中央本線(中央西線)が走っています。古くから交通の要衝として発展してきたこの地域は、自然と人の営みが共に息...»
道の駅木曽福島は、長野県木曽郡木曽町にある国道19号沿いの人気観光施設です。木曽路のほぼ中央に位置し、雄大な御嶽山を一望できる絶好のロケーションが魅力。地元の特産品や農産物、工芸品が並ぶ売店や、信州・木曽の味覚を楽しめるレストランがあり、観光の途中でひと休みするのに最適なスポットとして多くの人々に親しまれています。 木曽路の玄関口 ― 御嶽山を望む絶景の道の駅 木曽郡木曽町の国道19号線沿いにある「道の駅木曽福島」は、旧中山道を含む木曽路の中央部に位置します。木曽川のせせらぎを聞きながら、展望テラスからは霊峰木曽御嶽山の壮麗な姿を望むことができます。周囲は御嶽山と木曽山脈に囲まれ、春の新緑...»
道の駅日義木曽駒高原は、長野県木曽郡木曽町に位置し、国道19号沿いにある人気の道の駅です。雄大な木曽駒ヶ岳を間近に望むことができるロケーションと、地元の特産品や食文化、そして歴史を感じる展示が訪れる人々を魅了します。観光やドライブの途中で立ち寄るのはもちろん、木曽路の魅力を五感で感じられるスポットとしても知られています。 木曽駒ヶ岳を望む「くつろぎの里」 「道の駅日義木曽駒高原」は、中央アルプス・木曽駒ヶ岳を背景に、自然と調和した落ち着いた雰囲気が特徴です。晴れた日には休憩スペースや展望エリアから雄大な山々を一望でき、その壮観な景色は訪れる人々に癒しと感動を与えます。春から秋にかけては青空...»
福島宿は、中山道六十九次のうちの第37番目の宿場であり、現在の長野県木曽郡木曽町福島に位置しています。古くから木曽谷の中心地として交通・文化・経済の要衝を担い、また江戸幕府による厳重な交通統制を象徴する福島関所が設けられていたことで知られています。中山道を行き交う旅人たちが一息つく宿場町として栄え、今もその歴史と面影を色濃く残しています。 福島関所 ― 東海道の箱根関所と並ぶ重要な関所 福島宿の北入口に位置していた福島関所は、江戸幕府が全国の交通を管理するために設けた関所の中でも、特に重要な役割を果たしていました。諸国関所一覧表によると、所在地は信濃国筑摩郡であり、管理は山村甚兵衛家が担当...»
江戸時代の面影を残す木曽町の文化遺産 長野県木曽郡木曽町には、江戸時代の木曽谷を治めた山村家にゆかりのある山村代官屋敷や、交通の要衝として栄えた福島関所など、歴史の息吹を今に伝える貴重な史跡が数多く残されています。これらの史跡は、当時の木曽谷における政治や交通の中心地としての役割を知る上で、非常に重要な文化財となっています。 山村代官屋敷 ― 木曽の治政を担った山村家の旧邸 山村家と木曽代官の歴史 山村代官屋敷は、木曽町福島にある史跡で、江戸時代には尾張藩の重臣であった山村家が代々木曽代官を務めていました。山村家はもともと木曽氏の一族であり、初代・山村良勝は関ヶ原の戦いで東軍に属して武...»
興禅寺は、長野県木曽郡木曽町福島にある臨済宗妙心寺派の名刹です。山号は萬松山(ばんしょうざん)と称し、木曽町の長福寺、大桑村の定勝寺と並び「木曽三大寺」のひとつに数えられています。境内は静寂に包まれ、古木に囲まれた広大な敷地には、禅の精神と木曽の自然美が見事に融合しています。 源義仲ゆかりの地としての歴史 木曽氏による開山と発展 興禅寺の創建は室町時代の永享6年(1434年)にさかのぼります。木曽氏第十二代当主の木曾信道(きそのぶみち)が、源義仲の追善供養のために鎌倉・建長寺五世の高僧圓覚大華を招き開山したと伝えられています。その後、木曽一族の篤い信仰を受け、木曽谷における禅の中心寺院と...»
長福寺は、長野県木曽郡木曽町福島にある臨済宗妙心寺派の名刹で、山号は「龍源山」と称します。町内の興禅寺、大桑村の定勝寺とともに「木曽三大寺」の一つに数えられ、境内には初夏に咲き誇る「やまぼうしの花」が美しいことから「やまぼうしの咲く寺」としても親しまれています。木曽の自然と深く調和した静謐な境内は、訪れる人々に安らぎと歴史の重みを感じさせます。 古代から続く歴史の始まり 長福寺の起源は古く、大宝2年(702年)に木曽古道・薬師平付近に創建された天台宗の寺院が基となっていると伝えられています。その後、時代の流れの中で荒廃しましたが、永享2年(1430年)に木曾家の一族・木曾豐方が再興を発願し...»
徳音寺は、長野県木曽郡木曽町日義に位置する臨済宗妙心寺派の寺院で、山号を「日照山(にっしょうざん)」と称します。木曽七福神霊場(毘沙門天)および中部四十九薬師霊場第二十二番札所としても知られており、古くから信仰を集めてきました。 この寺は、源平合戦で知られる武将・木曽義仲(源義仲)の母・小枝御前を葬った場所としても有名で、一族の菩提寺として歴史を重ねています。境内には義仲や巴御前の墓があり、四季折々の美しい風情が訪れる人々を魅了します。春には満開の桜が咲き誇り、「木曽八景の一つ『徳音寺の晩鐘』」としても知られる静謐な風景は、古来より多くの旅人の心を癒してきました。 寺の創建と木曽義仲との深...»
御岳ロープウェイは、雄大な御嶽山(おんたけさん)の山麓から標高2,150メートルの高原へと続く、自然と絶景を満喫できる観光スポットです。長野県木曽郡木曽町に位置し、標高1,570メートルの鹿ノ瀬駅(かのせえき)から、七合目にあたる飯森高原駅(いいもりこうげんえき)までを結ぶ全長2,330メートルのゴンドラリフトで、片道約15分の空中散歩を楽しむことができます。 名称には「ロープウェイ」とありますが、実際には6人乗りのカプセル型ゴンドラリフトで、約80台の搬器が連続して循環運行しています。待ち時間が少なく、快適に空の旅を楽しめるのが魅力です。 標高差580メートルを一気に上昇 ― 大自然の中...»
御料館は、長野県木曽郡木曽町福島に位置する歴史的建造物であり、木曽谷に現存する最古の洋風建築として知られています。その格式高い佇まいと重厚な歴史的背景から、現在では木曽町指定有形文化財に指定されています。正式な文化財名称は「旧帝室林野局木曽支局庁舎(きゅうていしつしんやきょくきそしきょくちょうしゃ)」で、木曽の豊かな森林文化を象徴する建物として多くの人々に親しまれています。 御料館の成り立ちと林野局時代の歴史 江戸時代、木曽谷の広大な森林は尾張藩の管轄下にあり、厳格な伐採管理によって守られてきました。時代が明治に移ると、1885年(明治18年)に宮内省に御料局が設置され、木曽谷の森林も18...»
福島関所は、江戸時代に五街道の中で設けられた四大関所の一つで、中山道のほぼ中間に位置する重要な場所です。西側は断崖絶壁の木曽川、東側は急斜面の山に囲まれ、創設以来約270年間、「入鉄砲・出女」などの取り締まりを行い、旅人や物資の往来を監視していました。その歴史的価値から、現在は国の史跡に指定されています。現在、福島関所は史跡公園として整備され、関所の門や柵が当時の姿に復元されています。 福島関所資料館は隣接に福島関所しており、関所通行に必要な証文や女手形、関所で使用された武具などの実物資料が展示されています。さらに、関所の前景を再現したジオラマもあり、江戸時代の関所の雰囲気を体感することがで...»
木曽駒ヶ岳は、長野県上松町・木曽町・宮田村の境界にそびえる標高2,956メートルの名峰であり、中央アルプス(木曽山脈)の最高峰です。日本百名山・新日本百名山・花の百名山にも選ばれており、その美しい山容と多彩な自然環境、そして長い信仰の歴史から、多くの登山者や観光客に愛されています。地元では「木曽駒(きそこま)」と呼ばれ、古くから人々の生活や心に深く結びついてきました。 山の概要と呼び名の由来 日本各地には「駒ヶ岳」と名の付く山が数多く存在しますが、その中でも木曽駒ヶ岳は中央アルプスの代表的な存在です。南アルプスの甲斐駒ヶ岳と対比して、伊那谷では木曽駒ヶ岳を「西駒」、甲斐駒ヶ岳を「東駒」と呼...»
小野の滝は、長野県木曽郡上松町小野に位置する美しい滝であり、その優雅な姿から「小野ノ滝」とも表記されます。木曽川の本流からわずか100メートルほど離れた支流に流れ落ちるこの滝は、落差約15メートルの直瀑で、木曽山脈(中央アルプス)の名峰・風越山を水源としています。 滝は四季折々に異なる表情を見せ、特に冬期の1月中旬から2月上旬にかけては氷結し、滝全体が氷の彫刻のように美しい姿を見せます。この時期には写真愛好家や登山客が多く訪れ、幻想的な氷瀑の世界を堪能することができます。 古くから小野の滝は中山道上松宿の名所として知られ、「木曽八景」の一つにも数えられるほどの風光明媚な場所です。旧中山道は...»
臨川寺は、長野県木曽郡上松町に位置する臨済宗妙心寺派の名刹で、山号を寝覚山(ねざめさん)と称します。古来より「寝覚の床(ねざめのとこ)」の名で知られる絶景の地に建ち、その壮大な自然景観と浦島太郎伝説に彩られた由緒ある寺院として、多くの旅人や文人墨客が訪れました。 臨川寺の創建と中興 寺の創建は14世紀頃、関山慧玄(かんざんえげん)による開山と伝えられています。その後、江戸時代初期の寛永元年(1624年)、尾張藩初代藩主・徳川義直が木曽谷を領地としていた際に再興を命じ、木曾代官の山村良勝が甲斐国恵林寺の高僧・鐡船宗毘を招いて中興開山としました。これにより臨川寺は再び隆盛を迎え、木曽路を代表す...»
日本五大名峡に数えられる木曽の名勝 寝覚の床は、長野県木曽郡上松町に位置する名勝地で、日本五大名峡の一つに数えられています。1923年(大正12年)3月7日に国の名勝に指定され、その美しさと歴史的価値が高く評価されています。木曽川の中流に広がる花崗岩の岩肌と、清らかな流れが織りなす光景は、訪れる人々を魅了し続けています。 自然が創り出した壮大な造形美 寝覚の床は、長い年月をかけて木曽川の水流が花崗岩を侵食し、形成された自然の彫刻のような地形です。かつてこの地は急流でしたが、上流に建設された関西電力の木曽ダム(1968年運用開始)によって水位が下がり、長年水中で削られていた岩盤が現在のよう...»
木曽ヒノキの香りと歴史が息づく癒しの森 赤沢自然休養林は、長野県木曽郡上松町に位置する国有林で、林野庁中部森林管理局の管轄にあります。美しい木曽ヒノキの天然林が広がるこの地は「赤沢美林」とも呼ばれ、訪れる人々を深い森の香りと静寂で包み込みます。樹齢300年を超えるヒノキが立ち並ぶ姿は圧巻で、2001年には環境省の「かおり風景100選」に、2006年には林野庁の「森林セラピー基地」にも指定されました。年間およそ10万人が訪れる、木曽地域を代表する自然公園です。 森林浴の聖地としての誕生と歴史 赤沢自然休養林は、かつて伊勢神宮の御神木を供給していた由緒ある森林地帯でした。江戸時代には尾張藩の...»
大桑村は、長野県木曽郡に属する美しい山村であり、木曽谷の南部に位置しています。木曽川が雄大に流れる自然豊かな地で、古くから中山道の宿場町としても栄え、歴史と自然の両方を感じることができる場所です。険しい山々と清らかな渓谷、そして人々の暮らしが調和したこの村は、訪れる人々に深い安らぎと感動を与えてくれます。 大桑村の地理と自然環境 大桑村は、長野県の南西部に位置し、東西約30km、南北約10km、総面積234.47平方キロメートルを有する山村です。東には木曽山脈、西には阿寺山地が連なり、村の中央を木曽川が南北に流れています。村の集落は、この木曽川沿いのわずかな平坦地に形成されており、豊かな自...»
王滝村は、長野県の南西部、木曽郡に属する山あいの美しい村です。雄大な御嶽山(おんたけさん)のふもとに位置し、古くから御嶽信仰の聖地として多くの人々が訪れてきました。四季折々の自然の恵みと、かつて栄えた林業の歴史、そして静かな信仰文化が調和するこの村は、訪れる人々に深い感動と安らぎを与えてくれます。 地理と概要 王滝村は長野県の南西部に位置し、西側は岐阜県と接しています。村の北部には霊峰・御嶽山がそびえ、標高3,067メートルの雄姿は圧倒的な存在感を放ちます。村の中心を流れる王滝川は、木曽川の源流のひとつであり、古くから人々の生活と文化を支えてきました。 かつて王滝村は林業の村として知られ...»
南木曽町は、長野県の南西部、木曽谷の南端に位置する自然豊かな町です。町の大部分を森林が占め、木曽川の清流が中央を流れるこの地域は、古くから自然と共に暮らしてきた人々の知恵と伝統が息づいています。中山道の宿場町として栄えた妻籠宿(つまごじゅく)や三留野宿(みどのじゅく)をはじめ、今も江戸時代の面影を残す町並みや豊かな自然景観が、訪れる人々を魅了しています。 歴史と文化の息づく町並み 中山道の宿場町「妻籠宿」 南木曽町の代表的な観光地である妻籠宿は、江戸時代の宿場町の風情を今に伝える貴重な場所です。伝統的な木造家屋が軒を連ね、古き良き時代の生活の息吹が感じられます。1976年には日本で初めて...»
桃介橋は、長野県木曽郡南木曽町読書(よみかき)に位置し、木曽川に架かる美しい木造吊橋です。1922年(大正11年)に完成したこの橋は、当時の大同電力社長であった福澤桃介(ふくざわももすけ)によって建設されました。発電所建設のための資材運搬を目的として架けられたこの橋は、木造吊橋としては国内でも有数の長さを誇る全長約248メートルの壮大な構造を持ちます。 文化財としての価値 桃介橋はその意匠的・技術的価値が高く評価され、読書発電所施設の一部として国の重要文化財に指定されています。さらに、2007年には「中部山岳地域の電源開発を物語る近代化産業遺産群」の一つとして公表され、地域の歴史を象徴する...»
田立の滝は、長野県木曽郡南木曽町の山深くに位置する滝群で、大小合わせて十を超える滝によって構成されています。その壮大な景観と美しさから、平成2年(1990年)に「日本の滝百選」に選ばれ、さらに2020年3月には中央アルプス国定公園の一部として指定されました。木曽の豊かな自然の中で、清らかな水が幾重にも流れ落ちる様子は、訪れる人々に深い感動を与えます。 滝群の特徴 田立の滝は、大滝川の峡谷に点在する多くの滝の総称で、うるう滝、螺旋滝、洗心滝、霧ヶ滝、天河滝、不動滝、鶴翼滝、そうめん滝、箱淵などがあります。その中でも特に有名なのが主瀑である天河滝(てんがたき)で、高さおよそ40メートルの花崗岩...»
霊峰御嶽山を仰ぐ信仰の中心 王滝御嶽神社は、長野県木曽郡王滝村に鎮座する神社で、木曽御嶽山(おんたけさん)信仰の主要な拠点のひとつです。別名「王滝口御嶽神社」または「御嶽神社王滝口」とも呼ばれ、御嶽山の南側に位置する登山口「王滝口」沿いに建立されています。御嶽信仰は古くから山岳信仰の代表として知られ、修験者や多くの信者が祈りを捧げてきました。 御嶽信仰の中心としての歴史 その創建は古く、大宝2年(702年)に信濃国司・高根道基が御嶽山頂に奥社を創建したことに始まると伝えられています。その後も、歴代の国司や朝廷の勅使が登山し祈願を行うなど、国家的な信仰の対象として厚く崇敬されてきました。特...»
定勝寺は、長野県木曽郡大桑村須原に位置する臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は浄戒山といいます。木曽谷における代表的な禅寺のひとつであり、木曽三大寺として知られる興禅寺(木曽町)・長福寺(木曽町)と並ぶ古刹です。また、木曽西国三十三観音霊場の第二十一番札所、および木曽七福神霊場(布袋尊)としても広く信仰を集めています。 室町時代に始まる長い歴史 寺の起源は嘉慶年間(1387~1388年)にまで遡ります。木曽氏の一族である木曾親豊が先祖の追善のため、須原観心坊を改めて木曽川河畔に創建したのが始まりとされています。その後、たびたび洪水によって被害を受けながらも、歴代の木曽氏や名僧たちの尽力により再建...»
中山道第39番目の宿場として栄えた地 須原宿は、江戸時代の五街道のひとつである中山道の第39番目の宿場として知られ、現在の長野県木曽郡大桑村に位置しています。中山道は江戸と京都を結ぶ重要な街道であり、その中でも須原宿は木曽谷のほぼ中央にあたる要所として、多くの旅人や商人でにぎわいました。かつての宿場の風情が今なお残る町並みは、江戸時代の面影を色濃くとどめ、訪れる人々に歴史の息吹を感じさせてくれます。 移転と発展の歴史 須原宿は、もともと木曽川沿いに形成されていましたが、木曽川の氾濫によって大きな被害を受け、享保2年(1717年)に現在の場所へ移転しました。天保14年(1843年)の『中山...»
中山道の歴史を今に伝える宿場町 野尻宿は、江戸時代の主要街道である中山道における第40番目の宿場町として栄えた場所で、現在の長野県木曽郡大桑村に位置しています。中山道は江戸と京都を結ぶ重要な交通路であり、木曽谷の険しい自然の中で旅人たちの休息地として多くの宿場が設けられました。その中でも野尻宿は、宿場通りの長さが木曽十一宿の中で奈良井宿に次ぐ規模を誇り、「七曲り」と呼ばれる曲がりくねった町筋が特徴的です。 歴史と復興の歩み 野尻宿は、寛政3年(1791年)に大火に見舞われ、町の大部分が焼失するという大きな災害を経験しました。しかし、その後住民たちの手によって再建され、再び中山道を行き交う...»
阿寺渓谷は、長野県木曽郡大桑村を流れる阿寺川が形づくる美しい峡谷で、その全長はおよそ15〜18キロメートルにも及びます。谷の深さは最大で1,000メートルにも達し、圧倒的なスケールの自然美を誇ります。この渓谷は、長野県と岐阜県の県境を走る阿寺断層に沿って形成された花崗岩地帯にあり、その岩肌が年月をかけて清流に磨かれ、他では見られない独特の地形を生み出しています。 谷を流れる阿寺川は、御嶽山の南に連なる阿寺山地を源流とし、砂小屋山や阿寺山の間を抜けながら木曽川に注ぎます。その清流は、光の加減や水深によって青からエメラルドグリーンへと色を変えるため、訪れる人々から「阿寺ブルー」と呼ばれ親しまれて...»
木祖村(きそむら)は、長野県木曽郡の北東部に位置し、標高2,000メートル級の山々に囲まれた自然豊かな村です。木曽川の源流にあたるこの地は、「木曽の祖」として古くから大切にされてきました。豊かな森林資源と清らかな水に恵まれ、古くから人々の暮らしと文化が深く結びついた地域です。四季折々の自然が織りなす美しい風景とともに、歴史や伝統が息づく木祖村の魅力をご紹介します。 地名の由来と地理 木祖村の名前は、木曽川の源流に位置することに由来しています。「木曽の祖」という意味を込めて名付けられ、村の自然と歴史を象徴しています。村の中央を流れる味噌川(木曽川)は、村の生命線ともいえる川で、古くから人々の...»
藪原宿は、長野県木曽郡木祖村に位置し、江戸時代の五街道のひとつである中山道の三十五番目の宿場町として栄えた歴史ある町です。中山道六十九次の中でも、木曽谷の中心にあたるこの地は、古くから旅人や商人の往来でにぎわい、文化と経済の交流拠点として発展しました。 藪原宿の歴史と特徴 宿場町としての繁栄 江戸時代後期の『中山道宿村大概帳』(天保14年・1843年)によると、藪原宿には家数266軒、人口1,493人が住み、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠10軒があったと記録されています。これほどの規模を誇る宿場は、当時の中山道でも重要な中継地点であり、木曽路を旅する人々にとって欠かせない場所でした。 現在...»