満天の美しい星を観賞できる阿智村や天竜川舟下りが楽しめる飯田エリア。果物作りが盛んなことから、旬の時期にはさまざまなフルーツ狩りが楽しめるエリアです。
阿智村・飯田エリアには昼神温泉、下栗の里、天竜峡などの観光スポット、お練りまつり、いいだ人形劇フェスタ、霜月祭りなどの観光イベント、そば、馬肉料理、鯉料理などのご当地グルメがあります。
長野県の最南端、阿智村・飯田エリアは、険しい南アルプスと中央アルプスに挟まれていて、中央を天竜川が流れる自然が美しい地域です。天竜川は水量が多く豪快で激しい流れで知られ「暴れ天竜川」と呼ばれるほど。スリルある川下りやラフティングなどのアクティビティが楽しめます。
阿智村は「星が最も輝いて見える場所」として環境省に認定されたこともあり、日本一の星空が望めるスポットとして人気が高まっています。美肌の湯として有名な昼神温泉、日本の原風景が望める下栗の里など、実際に自然に触れられるスポットも多数あります。また、このエリアは果物の宝庫で、フルーツ狩りが体験できる施設が多くそろっています。旬の頃に、色んなフルーツを味わってみるのもオススメです。
山に囲まれた地域特性から、かつて遠山郷は綿羊飼育が盛んで最盛期には村で150頭もの綿羊が飼育されていた。それゆえ、長野県は、北海道に次ぐジンギスカン大国といわれている。さらに、南信州(飯田・下伊那地域)は、 人口1万人あたりの焼肉店の数が日本一多い土地だとも言われている。 また、山に囲まれた地域特性から、マトンや牛、豚、鶏だけではなく、馬、イノシシ、鹿、熊など、様々な食肉文化がある地域である。それら多様な肉を遠山独自の味噌ダレで食べる焼肉を“遠山ジンギス”と総称しています。...»
信州には海がない、すしの材料となる魚、特に保存のきく塩サバは貴重であった。飯田市伊豆木では、地元の伊豆木八幡宮の秋祭りに鯖鮨を供えていた事から、すし料理が行事食・ハレの食として発達し、特色のある貴重なすし文化を残している。岡崎から伊豆木に至る「鯖街道」は、塩漬けしたサバを運んだ輸送ルートにつけられた名称である。...»
ていざなすは、長野県下伊那郡天龍村の神原地区で育てられてきた、地域を代表する伝統野菜です。1887年(明治20年)ごろ、田井澤久吉によって栽培が始められたとされ、名前は「田井沢なす」がなまって「ていざなす」と呼ばれるようになりました。 歴史と由来 ていざなすの起源は明確ではありませんが、アメリカで育てられた種が元になっていると考えられています。長い間、地域内だけで消費されてきた希少なナスで、2007年には生産者が組合を結成し、「信州の伝統野菜」にも選ばれました。 大きさと特徴 一般的なナスと比べて非常に大きく、長さ25cm以上、重さ400gを超えることも珍しくありません。大きいものでは...»
”新水”と”越後”という大ぶりな”梨”同士をかけ合わせて作られた長野県生まれの新品種”南水”は、長野県内で初の日本なしでの登録品種。大ぶりで果汁が多く、一般的ななしの糖度が13%程度に対し、南水は14~15%と甘みが強いのが特徴で、みずみずしさとしっかりとしたコクのあり、味わいのバランスが絶妙。日持ちも大変良く、常温で1ヶ月、冷蔵で3ヶ月も持つという長所もある。毎年、9月下旬頃から順次全国各地へ出荷されている。 旬 10月 ...»
昭和19年に37軒もの酒造家が企業合同し、信州飯田地方唯一の酒蔵として再スタートを切った喜久水酒造。その各酒造家伝統のノウハウの融合と、日本の名水百選にも選ばれた”猿庫の泉”の水、そして精米精度55%まで磨き上げられた信州産の”美山錦”、と3つが揃って完成したのが「喜久水 純米吟醸 猿庫の泉」だ。ふわりと香る吟醸香と口に広がる芳醇な味は、杜氏と蔵人の腕の確かさが伺えるほどに上品な仕上がりで深い味わいが楽しめる。 環境省・全国名水百選の一泉として認定された『猿庫の泉』を仕込水に使用し、信州産「美山錦」を55%まで丹念に磨きあげ、長期低温発酵させました。 信州の美味い水にこだわった、上品な吟醸香...»
ニホンジカが急増し、生態系を整えるために捕獲をしている長野県。身体を温めるということで古くから“鹿肉”食べていた風習があり、身近な存在でもある。食べず嫌いから臆すること無かれ。ヨーロッパでは「ジビエ」と呼ばれる秋冬のごちそうでもある。鹿肉初心者にお薦めしたいのが、気軽に食べられる“鹿肉カレー”。低カロリー・低脂肪の鹿肉は、女性にも嬉しいヘルシー食で、獣肉独特の少々の臭みはカレーで煮込むことで解消される。ニホンジカならではのしっかりした肉質を楽しみたい。レトルトなのでお土産にも最適だ。...»
飯田市は、長野県南部、南信地方に位置する美しいまちです。県内で最も南にある市であり、伊那谷の中心都市として発展してきました。周囲を南アルプスや中央アルプスの雄大な山々に囲まれ、天竜川が市の中央を流れる自然豊かな地域です。その立地から、古くから交通と文化の要衝として栄え、経済的には愛知県の主要都市とも深いつながりを持っています。 歴史と文化が息づく城下町 飯田市の中心部は、13世紀に築かれた飯田城の城下町として発展しました。江戸時代には飯田藩の政治・経済の中心地であり、三州街道(塩の道)の宿場町としても賑わいを見せました。こうした歴史的背景から、現在でも町の随所に城下町の面影が残り、古い町並...»
元善光寺は、長野県飯田市座光寺にある天台宗の名刹であり、「善光寺信仰発祥の地」として広く知られています。現在の長野市にある善光寺の本尊が最初に祀られた場所であり、創建以来1400年近い歴史を誇ります。古くは「如来寺(にょらいじ)」と呼ばれ、善光寺如来の由緒を今に伝える霊場として、多くの参拝者が訪れています。 元善光寺の由来と歴史 この地は古くから麻績の里(おみのさと)と呼ばれていました。伝承によると、推古天皇10年(602年)のこと、当地の住人であった本多(本田)善光が、難波の堀江(現在の大阪市)で光を放つ仏像――一光三尊の善光寺如来を見つけ、信濃の国へ持ち帰りました。そして、自宅の臼の上...»
天竜峡は、長野県飯田市にある天竜川沿いの壮大な峡谷で、国の名勝に指定されています。また、「天竜奥三河国定公園」の一部でもあり、自然と文化の調和した景勝地として多くの観光客を魅了しています。古くから「暴れ川」として知られる天竜川が長い年月をかけて切り開いた断崖絶壁の景観は圧巻で、春の新緑、秋の紅葉、冬の静寂など、四季折々に異なる表情を見せる美しさがあります。 峡谷の成り立ちと景観の特徴 天竜峡は、天竜川の浸食によって生まれた南北約2kmに及ぶ渓谷です。白い花崗岩の断崖にアカマツやモミジ、サクラなどの木々が彩りを添え、川下り舟が行き交う光景はまるで水墨画のようです。遊歩道を歩けば、谷を吹き抜け...»
下栗の里は、長野県飯田市上村に位置する山あいの集落で、その美しい風景から「日本のチロル」と呼ばれています。南アルプスの名峰・聖岳を望む標高800〜1,000メートルの尾根にあり、最大斜度約38度という急斜面にへばりつくように民家や畑が点在しています。まるで空に浮かぶような集落の姿は、訪れる人々に深い感動を与え、「日本の原風景が残る山の里」として知られています。 「日本のチロル」と呼ばれる理由 「日本のチロル」という愛称は、長野県立歴史館の館長を務めた歴史地理学者・市川健夫氏が名付けたものです。彼は、オーストリアのチロル地方に似た山岳地形と、人々がその地に根ざして暮らす姿に共通する美しさを見...»
遠山郷は、長野県の最南端近く、天竜川の支流である遠山川沿いに広がる、山深い谷あいの地域です。古くは旗本・江儀遠山氏の領地として知られ、現在の行政区画では飯田市南信濃および飯田市上村(旧下伊那郡南信濃村・上村)にあたります。その自然の豊かさと歴史的な背景から、「信州三大秘境」の一つに数えられ、また「日本の秘境100選」にも選ばれています。 歴史と文化が息づく奥信濃の山里 遠山郷は、古くから「信州の奥座敷」と称され、愛知県・静岡県との県境に近いことから、三遠南信(さんえんなんしん)地域との交流が盛んな土地でした。特に12月には、この地の神社で古来より受け継がれてきた伝統行事「霜月まつり」が各地...»
しらびそ高原は、長野県飯田市上村に位置する標高約1918メートルの高原で、その名はマツ科モミ属の常緑針葉樹「シラビソ」に由来しています。雄大な南アルプスの山々と向き合うように広がるこの高原は、四季折々に変化する自然の姿とともに、訪れる人々を魅了する天空の楽園として知られています。 しらびそ高原の立地とアクセス 高原へは、矢筈トンネルの東出口から市道上村1号線を登った先にあり、周辺には日本三百名山のひとつである奥茶臼山の登山口、しらびそ峠があります。その峠から徒歩およそ10分ほど南へ進むと、高原の中心的施設である「しらびそ高原 天の川」に到着します。ここからは南アルプスの聖岳(ひじりだけ)や...»
飯田市立動物園は、長野県飯田市にある市立の動物園で、自然豊かな南信州の地に1953年(昭和28年)5月5日に開園しました。飯田市のシンボルでもある「りんご並木」の南端に位置し、街の中心部からも徒歩でアクセスできる親しみやすいロケーションにあります。入園料は無料でありながら、多彩な動物たちとふれあえる点が魅力で、地域の人々や観光客に長く愛され続けている動物園です。 小規模ながら充実した動物展示とふれあい体験 飯田市立動物園は、広大な敷地を持つ都市型動物園とは異なり、約60種類の動物をコンパクトに展示している小さな動物園です。しかし、その規模の中に、子どもから大人まで楽しめる工夫が詰まっていま...»
飯田市美術博物館は、長野県飯田市に位置する市立の総合文化施設で、美術館と博物館の両機能を併せ持つユニークな施設です。飯田の自然や文化、そして芸術を一体的に紹介する場として、市民や観光客から広く親しまれています。 この美術博物館は、「伊那谷の自然と文化」を基本テーマに掲げ、自然科学・人文科学・美術の各分野にわたる貴重な資料を収集・保存・展示しています。また、市民や研究者の学びの場として、調査研究や教育活動にも積極的に取り組んでおり、地域の知的・文化的発展に大きく寄与しています。 南アルプスをモチーフにした建築美 飯田市美術博物館の建物は、著名な建築家原広司とアトリエ・ファイ建築研究所による...»
飯田市 川本喜八郎人形美術館は、長野県飯田市の中心部に位置する、全国的にも珍しい人形美術の専門美術館です。日本を代表する人形アニメーション作家・川本喜八郎(かわもときはちろう)の作品を展示し、人形劇文化の魅力と芸術性を広く発信する拠点として、多くの人々に親しまれています。 川本喜八郎と飯田市の縁 人形アニメーションの巨匠・川本喜八郎は、NHKの名作『人形劇 三国志』(1982年~1984年放送)や『人形歴史スペクタクル 平家物語』の人形美術を手がけたことで知られています。彼が初めて飯田市を訪れたのは1990年、当時の「人形劇カーニバル飯田」での『三国志』上演の際でした。古くから人形芝居の伝...»
りんご並木は、長野県飯田市の中心部に位置する約400メートルにわたる美しいリンゴの木の並木道です。昭和の時代に起きた飯田大火の復興を象徴する取り組みとして誕生し、現在では「日本の道100選」および「かおり風景100選」にも選ばれるなど、全国的にも知られる飯田市のシンボルとなっています。 りんごの花が咲く春には純白の花々が通りを彩り、秋には赤い実が枝を垂らすその風景は、訪れる人々の心を和ませ、地元の人々にとっても誇りとなっています。ここでは、その歴史や見どころ、地域の人々との関わりについて詳しくご紹介します。 りんご並木の概要と特徴 りんご並木がある通りは、全長およそ1キロメートルに及びま...»
風越山は、長野県飯田市の西部にそびえる標高1,535メートルの名峰で、信州百名山および新・花の百名山にも選定されている名高い山です。中央アルプスの前衛に位置し、飯田市の市街地からもその美しい姿を望むことができます。古くから信仰の対象として崇められ、登山や自然観察、歴史探訪の地としても多くの人々に親しまれています。 歴史と信仰の山・白山社奥宮 風越山の山頂付近には、白山社奥宮が鎮座しています。この社は神仏習合の信仰形態を伝える貴重な建造物であり、本殿は室町時代の永正6年(1509年)に建立されました。社殿は現在、国の重要文化財に指定されています。 山頂へ向かう登山道には、一の鳥居や随身門を...»
そらさんぽ天龍峡は、長野県飯田市にある三遠南信自動車道・天龍峡大橋(全長280メートル、高さ約80メートル)の車道下に設けられた遊歩道です。令和元年(2019年)に開通し、名勝・天龍峡の雄大な景観を新しい角度から楽しめる観光スポットとして注目を集めています。 空中散歩のようなスリルと絶景 天龍峡大橋の下に位置するそらさんぽ天龍峡は、まるで空中を歩いているかのような爽快感が味わえる遊歩道です。眼下には天竜川の清流が流れ、川下りを楽しむ舟や、JR飯田線を走る列車の姿を見下ろすことができます。四季によって異なる峡谷の風景が広がり、春は新緑、夏は深い緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、いつ訪れても異なる表...»
おたぐりとは、長野県南部・伊那谷地方に古くから伝わる郷土料理で、馬の腸(もつ)をじっくりと煮込んだ料理です。伊那市や飯田市を中心に親しまれており、地元では家庭の味としてだけでなく、居酒屋や定食屋などでも広く提供されています。独特の風味が特徴で、酒の肴としても人気があります。 名称の由来と調理方法 「おたぐり」という名は、腸を洗う際に“たぐり寄せる”動作から生まれたとされています。馬の腸は20〜30メートルにもなるといわれ、その内容物を取り除いた後、塩水で丁寧に洗い、長時間煮込むことで柔らかく仕上がります。調理には約4〜5時間を要し、家庭によっては味噌や塩、醤油など、味付けに個性が現れるのも...»
開善寺は、長野県飯田市上川路にある臨済宗妙心寺派の名刹で、山号を「畳秀山」と称します。本尊には聖観音菩薩を祀り、静寂に包まれた境内は、訪れる人々に深い安らぎを与えます。創建は鎌倉時代にさかのぼり、当時この地を治めていた北条氏一族・江馬氏によって建立されたと伝えられています。その後、信濃守護であった小笠原貞宗が開基となり、京都建仁寺より名僧・清拙正澄(大鑑禅師)を招いて開山としました。 開善寺の歴史 開善寺は建武2年(1335年)に中興され、清拙正澄が初代住職として寺の礎を築きました。暦応元年(1338年)には足利尊氏の教書によって諸山に列し、さらに応永34年(1427年)には室町幕府の庇護...»
立石寺は、長野県飯田市立石に位置する高野山真言宗の名刹で、山号を千頭山(せんずさん)と称します。伊那西国三十三番札所の第一番寺として知られ、地元の人々からは「柿の観音」として古くから厚い信仰を集めてきました。天安元年(857年)に建立されたと伝えられるこの寺院は、伊那谷最古の真言宗寺院であり、長い歴史の中で多くの文化財と伝説を今に伝えています。 由緒ある創建と伝説 寺伝によれば、立石寺は天安元年(857年)に高僧・宥範阿闍梨によって開山されたとされています。その際、甲賀三郎兼家が大檀那(だいだんな)となり、寺の建立を支援しました。伝承では、一夜のうちに高さ七尺(約2メートル余り)の青石が地...»
光明寺は、長野県飯田市久米に位置する真言宗智山派の名刹で、山号を円行山(えんぎょうざん)と称します。本尊には観音菩薩を祀り、古くから安産や子授けの祈願寺として人々の信仰を集めてきました。静かな山あいに佇むこの寺は、歴史の深さと厳かな雰囲気が調和した、心落ち着く霊場です。 創建の由来と歴史 光明寺の創建は、奈良時代の養老年間(717年~723年)に遡ります。名僧・行基が諸国を巡る中でこの地を訪れ、「仏道を広めるにふさわしい場所」と感じたことから、光明皇后の安産祈願のために千手観音像を安置したのが始まりと伝わります。その後、行基の奏上により天平13年(741年)、勅使・佐伯常人がこの地を訪れ、...»
文永寺は、長野県飯田市に位置する真言宗智山派の名刹で、山号を南原山(なんげんざん)と称します。飯田市の南部、緑豊かな里山の中に佇む寺院で、鎌倉時代の創建以来、数百年にわたって地域信仰の中心として人々に親しまれてきました。境内には歴史的建造物が数多く残されており、特に石室と五輪塔は国の重要文化財に指定されています。 由緒ある創建と発展の歴史 文永寺の創建は鎌倉時代中期の文永元年(1264年)に遡ります。亀山天皇の勅願によって、信濃国伴野荘の地頭で鎌倉幕府の御家人であった知久信貞(ちくのぶさだ)が建立したと伝えられています。開山は京都の醍醐寺理性院の隆毫阿闍梨(りゅうごうあじゃり)であり、それ...»
道の駅信州新野千石平は、長野県下伊那郡阿南町に位置し、国道151号沿いにある道の駅です。標高約800メートルの高原に広がる「千石平」と呼ばれる地域にあり、澄んだ空気と美しい自然が訪れる人々を迎えます。ここは、愛知県から長野県へと続く“信州の南の玄関口”として知られ、地域の伝統や食文化、特産品を通して南信州の魅力を発信しています。 信州の残したい風景に選ばれた「千石平」の自然 道の駅がある千石平は、広々とした高原地帯で「信州の残したい風景100選」にも選ばれた美しい場所です。周囲を山々に囲まれ、春には新緑、夏には爽やかな風、秋には紅葉、冬には雪景色と、四季折々の表情を見せます。峠を越えると一...»
早稲田神社は、長野県下伊那郡阿南町の大下条早稲田地区(標高約560メートル)に鎮座する由緒ある神社です。古くから地域の人々に篤く信仰され、村の中心として精神的な支えとなってきました。境内には、神社創建当初から伝わるとされる樹齢約1300年を超える神木の大杉がそびえ立ち、訪れる人々を静かに見守っています。 主祭神と御由緒 早稲田神社の主祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと)、応神天皇(おうじんてんのう)、そして倉稲魂命(うかのみたまのみこと)の三柱です。これらの神々は、それぞれ山の守護神、武運と繁栄の神、そして五穀豊穣の神として信仰され、地域の人々の生活と深く結びついてきました。 創立は...»
不動滝は、長野県下伊那郡高森町に位置する名瀑であり、長野県自然百選にも選ばれている景勝地です。標高およそ1,100メートルの山奥にひっそりと佇むこの滝は、落差約50メートル、幅約10メートルという壮大なスケールを誇り、その流れ落ちる姿はまさに伊那谷随一の迫力を持っています。滝壺へと一直線に落ちる水流は圧巻で、訪れる人々の心を清め、自然の雄大さを感じさせてくれます。 雄大な自然に包まれた不動滝の地理と特徴 不動滝は、高森町の名の由来にもなった本高森山(標高1,889メートル)を源とする干水ノ沢(ひすいのさわ)にかかる滝です。滝の上部は「千畳敷」と呼ばれる広大な花崗岩の岩床で、そこから豊富な水...»
瑠璃寺は、長野県下伊那郡高森町に位置する天台宗の名刹で、山号を「大嶋山(だいとうざん)」、院号を「医王院(いおういん)」と称します。平安時代の天永3年(1112年)に比叡山竹林院の僧・観誉僧都(かんよそうづ)によって開創されたと伝わり、本尊には薬師瑠璃光如来三尊佛(国重要文化財)が祀られています。 創建から900年以上の歴史を刻むこの寺は、源頼朝をはじめ、戦国大名の上杉謙信や武田信玄、さらには徳川家康といった名将たちとの縁を持ち、伊那地方における信仰と文化の中心として崇敬されてきました。 平安の昔より続く創建の由来 瑠璃寺の創建は、平安時代の天永3年(1112年)に遡ります。観誉僧都が東...»
下市田学校は、長野県下伊那郡高森町に所在し、明治期の貴重な学校建築として町の有形文化財に指定されています。洋風建築と日本の伝統様式が巧みに融合したその外観は、訪れる人々に深い印象を残し、現在でも地域の教育史を語る重要な文化遺産として高く評価されています。 下市田学校の成り立ち 下市田学校の起源は、明治初期に日本各地で進められた教育制度整備にさかのぼります。1872年(明治5年)に発布された学制を受け、筑摩県による強い行政指導と、市田地区の住民たちの熱い協力のもと、旧六か村に小学校が設置されました。下市田村では、最初に訓蒙小校が設けられ、安養寺の本堂を借りて授業が開始されました。 住民の献...»
竹ノ内家住宅は、長野県下伊那郡高森町吉田に残る江戸時代の歴史的民家で、昭和48年(1973年)に国の重要文化財に指定された貴重な建造物です。天竜川を望む段丘の上に建ち、代々この地で暮らし続けてきた旧家として、長く地域の歴史と文化を伝えてきました。その建築は当時の生活様式を色濃く反映し、現在でも地元の歴史を感じられる観光スポットとして親しまれています。 江戸時代後期に建てられた本棟造の民家 竹ノ内家住宅の建築は、正面の棟束の内側に残されていた棟札によって、寛政11年(1799年)であることが確認されています。本棟造の伝統的な民家で、間口七間半、奥行八間という堂々とした規模を誇ります。正面の妻...»
昼神温泉は、長野県下伊那郡阿智村に位置する、南信州を代表する温泉地です。現在の温泉は1973年(昭和48年)、国鉄中津川線のトンネル工事に伴う掘削作業の際に偶然発見されたもので、比較的新しい歴史を持ちながらも、泉質の良さと豊かな自然、整備の行き届いた温泉街で多くの観光客を魅了しています。周囲には阿智川の清流が流れ、四季折々の景観を楽しむことができ、星空鑑賞スポットとしても全国的に有名です。 昼神温泉の成り立ちと歴史 昼神温泉の湧出は1973年の掘削作業がきっかけですが、江戸時代中期にはこの周辺で温泉が湧出していたという記録も残っています。『信州伊奈郡村鑑』(1740年)には近郷の人々が湯治...»
園原は、長野県下伊那郡阿智村智里に位置する歴史豊かな地域で、古代から中世にかけて多くの和歌に詠まれた「歌枕」の地として知られています。長野県歌『信濃の国』にも「尋ねまほしき園原や」と歌われるほど、その名は古くから広く人々に親しまれてきました。現在では、文学・歴史・自然が融合した観光地として注目を集めています。 園原の歴史と古代東山道 園原は恵那山の東山麓に位置し、古代の官道である東山道の要衝として栄えました。特に、美濃と信濃の境にある神坂峠(標高1576m)は、東山道最大の難所とされ、旅人が命がけで越えた峠として多数の伝承や文学に残されています。 峠越えを果たし、畿内から東国へ入る最初の...»
信濃比叡 広拯院は、長野県阿智村智里園原に位置する天台宗の寺院です。 古来より旅人の安全と心の安らぎの場として親しまれてきた歴史深い寺院で、本尊には薬師瑠璃光如来が安置されています。 周囲には古代東山道最大の難所とされた神坂峠があり、古代から中世にかけては和歌にも詠まれた景勝地「園原」を含む風雅な地域として知られています。 歴史と由来 この寺の起源は、弘仁8年(817年)に遡ります。東国巡錫の旅にあった伝教大師・最澄が神坂峠を越える際、急峻で過酷な道のりに難儀されたと伝わります。 その経験から、往来する人々の便宜を図るために、美濃側には「広済院」、信濃側には「広拯院」の布施屋を建立したとさ...»
花桃の里 月川温泉郷は、長野県下伊那郡阿智村智里西地区に広がる、春になると鮮やかなハナモモが咲き誇る美しい地域です。宿泊施設「野熊の庄 月川」を中心に、地域住民とともに大切に育てられてきた約5,000本ものハナモモが、毎年多くの来訪者を魅了します。 古代東山道の面影を残す歴史ある地域 この地は、古代の官道「東山道」のルート上に位置し、最大の難所である神坂峠の信濃側の麓にあたります。「園原」「信濃比叡」などの歴史的スポットと隣接し、古くから和歌にも詠まれた文学ゆかりの土地でした。しかし、東山道の衰退とともに、かつて賑わった山里は静寂に包まれていきました。 恵那山トンネル建設と地域再生 昭...»
阿智神社は、長野県下伊那郡阿智村に鎮座する古社で、式内社としてその名を古くから伝えてきました。旧社格は郷社にあたり、『先代旧事本紀』には、知恵の神として知られる天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)が天降りし、信乃阿智祝部の祖となったと記されています。そうした由緒からも、この神社は信濃地方の文化や歴史と深く結びついた特別な存在とされています。 阿智神社の概要と境内の特徴 阿智神社は、阿智村智里地区に前宮と奥宮の二つの社殿を持ち、特に奥宮には古代祭祀の痕跡とされる磐座(いわくら)が残されています。前宮から阿知川に沿っておよそ2キロ上流へと進むと、川が合流してできる半島状の高台「川合...»
満蒙開拓平和記念館は、長野県下伊那郡阿智村に位置する、歴史と平和の大切さを後世に伝えるための貴重な資料館です。旧満洲へ渡った満蒙開拓団の歴史を伝える日本で唯一の民間施設として、多くの人々が訪れています。 開館の目的と施設の特徴 この記念館は、旧満洲(中国東北部)へ入植した開拓団の苦難と現実を伝え、平和の尊さを学ぶ場として設立されました。長野県、特に下伊那地域は全国でも特に多くの移民を送り出した土地であり、その背景を伝える場の必要性から誕生した施設です。 館内には、開拓団の生活、ソ連軍侵攻後の逃避行、さらに帰国困難となった人々の資料など、多角的な展示がそろっています。また、中国残留孤児の帰...»
中央構造線博物館は、長野県下伊那郡大鹿村にある、日本で唯一の「中央構造線」をテーマとした専門博物館です。日本列島の成り立ちを理解する上で欠かせない巨大な断層「中央構造線」を、実物標本や資料を通じて深く学ぶことができる貴重な施設として、多くの地質ファンや観光客から注目を集めています。 博物館の概要 館内には、大鹿村の北川露頭から直接採取された実物の岩石標本や、村内で収集された多様な地質資料が展示されています。中央構造線に沿って見られる三波川変成帯と領家変成帯の違いを、目で見て理解できるよう工夫された展示が並び、専門家だけでなく一般の来访者にもわかりやすい構成となっています。 防災教育の拠点...»
アテビ平小鳥の森は、長野県下伊那郡売木村に位置し、天竜奥三河国定公園の一部として豊かな自然を残す貴重なエリアです。茶臼山の東山麓に広がる約60ヘクタールの森は、多様な動植物が息づく二次原生林として知られ、訪れる人に静寂と癒しを与えてくれます。 自然豊かな二次原生林と観察歩道 標高約1200メートルに位置するこの森には、約4kmの遊歩道が整備されており、四季折々の自然観察を楽しむことができます。原生林にはクロベを中心とした針葉樹が茂り、林床にはミズゴケの群落が広がるなど、湿潤な環境が保たれています。 多彩な動植物との出会い 園内では、ザゼンソウやミズバショウといった湿地の植物が春を彩り、...»
大鹿歌舞伎は、長野県下伊那郡大鹿村に300年以上受け継がれてきた貴重な地芝居で、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。江戸時代には素人による歌舞伎上演が禁じられていましたが、大鹿村では神社への奉納芝居として伝承され、村人の暮らしや祈りと深く結びつきながら発展してきました。 古文書に残る長い伝統 最古の記録は1767年(明和4年)の「作方日記」で、この頃すでに大鹿村で地芝居が行われていたことが確認できます。隔絶された山村であったことから統制を逃れやすく、歌舞伎文化が uninterrupted の形で受け継がれたといわれています。かつて村内には13もの舞台があったとされ、村人たちの芸能...»
鹿塩温泉は、長野県下伊那郡大鹿村の塩川沿いに湧き出る、全国的にも珍しい天然の塩水温泉です。山深い地域でありながら、海水とほぼ同じ塩分濃度を持つ湯が湧くという不思議な温泉で、古くから地元の生活や文化に深く根付いてきました。川沿いに佇む素朴で情緒豊かな温泉地は、訪れる人に静かな安らぎを与えてくれます。 海水のように塩辛い、神秘の湯 鹿塩温泉の湯は含硫黄-ナトリウム-塩化物冷鉱泉で、源泉温度は約14℃。特徴的なのは塩分濃度が約4%と非常に高く、まさに海水のように塩辛い点です。含まれるミネラル成分の違いから、中央構造線に閉じ込められた化石海水ではないと考えられていますが、その成因はいまだ解明されて...»
福徳寺は、長野県下伊那郡大鹿村大河原上蔵に位置する、天台宗の由緒ある寺院です。山号は医王山と称し、 特に国の重要文化財に指定されている本堂で広く知られています。山間の静かな環境に佇む寺院は、長い歴史と文化を今に伝える貴重な存在です。 福徳寺の沿革 寺の創建は平安時代の平治2年(1160年)とされ、本尊台座に残された嘉吉4年(1444年)の墨書からその歴史が裏付けられています。 南北朝時代には、後醍醐天皇の皇子である宗良親王が大河原に滞在した際、天台宗の修法道場として大切にされてきました。 江戸時代には、老中・水野忠邦が浜松藩への移築を試みたものの、地域の人々の強い反対により現在も当地に残る...»
大山田神社は、長野県下伊那郡下條村陽皐(ひさわ)に鎮座する、由緒ある古社です。延喜式に記載された式内社であり、下伊那地域にはわずか二社しか存在しない極めて貴重な神社の一つです。旧社格は郷社に列せられ、古来より地域の人々の信仰を集めてきました。 境内は豊かな自然に囲まれ、神社建築・歴史・民俗芸能・植物相のいずれの面においても高い価値を有しています。とりわけ、室町時代に建立された相殿二社殿は国の重要文化財に指定されており、建築史上も注目される存在です。 式内社としての由緒と祭神 大山田神社は、延長5年(927年)に成立した『延喜式』神名帳に名を連ねる古社で、その創建は奈良時代末期から平安時代...»
喬木村立椋鳩十記念図書館は、長野県下伊那郡喬木村に位置する公立図書館であり、村の誇る児童文学者・椋鳩十(むくはとじゅう)を顕彰する記念館を併設した特色ある文化施設です。椋鳩十の精神を受け継ぎ、地域の人々が活字に親しみ、生涯学習の機会を得られる場として広く親しまれています。 施設の概要と理念 図書館の基本方針には、椋鳩十の言葉である「活字の林をさまよい思考の泉のほとりにたたずむ」が掲げられています。この理念のもと、幅広い世代が本と向き合い、心豊かな時間を過ごせるような空間づくりが行われています。 また、動物を題材に多くの児童文学を残した椋鳩十にちなみ、図書館に迷い込んだ猫を「猫館長」に任命...»
天龍村の霜月神楽は、長野県下伊那郡天龍村に古くから伝わる民俗芸能で、旧暦11月(霜月)に神々へ収穫の感謝と新たな年の安寧を祈るために行われる湯立神楽です。向方お潔め祭り、坂部の冬祭り、大河内の池大神社例祭の3つの祭りを総称しており、1978年には「天竜村の霜月神楽」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。 霜月神楽の由来と広がり 天龍村の霜月神楽は、天竜川を挟んで広がる三遠信地域に見られる湯立神楽の一大分布圏に属し、特に古い形態を残す祭礼として知られています。阿南町新野の神楽、愛知県奥三河の花祭り、静岡県水窪町の神楽などと深い関係を持ち、神々の降臨と再生を祈る儀礼が一夜を通して厳粛に...»
長野県下伊那郡下條村に位置する道の駅 信濃路下條「そばの城」は、国道151号沿いにある観光拠点として多くの旅行者に親しまれています。吉岡城二の丸をイメージした特徴的な外観を持ち、豊かな自然、美味しい食、そして温かな人々とのふれあいを楽しめるスポットとして高い人気を誇っています。 そばの城で味わう本格そば 施設の中心となる「そばの城」では、自社工房で製造された新鮮なそばを味わうことができます。下條村名産の親田辛味大根を薬味に使った「おろしそば」や、好きなだけ味わえる「そば食べ放題(2,000円)」は訪れる人々に大好評です。また、お土産用の生そばも販売されており、旅の思い出として持ち帰ることも...»
月瀬の大スギは、長野県下伊那郡根羽村の月瀬地区にそびえる、県内最大級の巨木です。樹高約40メートル、幹回り13.8メートルという圧倒的な存在感を持ち、推定樹齢は1500年以上とも1800年ともいわれ、古来より地域の象徴として敬われてきました。大枝が折れると変事や疫病の前兆といわれる伝承や、虫歯治癒のご利益があると信じられるなど、地元の人々にとって神聖な存在です。 大スギが守られてきた歴史 この大スギには、江戸時代末期から明治期にかけて二度の伐採危機がありました。1844年には江戸城本丸再建のための木材として伐採が求められましたが、地域住民が協力して反対し、この危機を乗り切りました。さらに明...»